私らしく。

この生き方に憧れる#08

こぐれひでこさん
迷える自分を支えてくれた、
ジャンヌ・モローへの憧れ

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

愛すること、夢中になること、そして何より自由であることを貫き、80代になっても主演女優を演じ続けたフランスの名優 ジャンヌ・モロー。「彼女こそ永遠のミューズ」という、こぐれひでこさんがその魅力をあますことなくエッセイにしてくれました。

こぐれひでこさん

こぐれ・ひでこ 東京学芸大学の美術科を卒業後、パリでファッションを学ぶ。1985年からイラストの仕事も開始。おいしいものが大好きで手料理やエッセイにもファンが多い。

女でも虜になる
名女優の魅力とは

あなたのミューズは誰? そう聞かれたら「ジャンヌ・モロー」と答える。ジャンヌ・モローって誰? そう思われた方もいらっしゃるかもしれない。2017年、89歳で亡くなったフランスの大女優である。

『死刑台のエレベーター』『恋人たち』『危険な関係』『雨のしのび逢い』『突然炎のごとく』『エヴァの匂い』など、彼女が演じたほとんどの役は、男を惑わし、破滅へと導く魔性の女。とろりと甘いしぐさで誘い込む甘美系の悪魔ではなく、不機嫌そうに下がった口角、誰の心をも見抜くような強い視線、そして自信たっぷりの佇まいを持つ自立した妖艶な悪魔である。

ジャンヌ・モローはフランスを代表する女優として60年以上にわたり映画、舞台に出演した。また愛について、老いについて、真の自由についても多くの名言を遺した。絵:こぐれひでこ
ジャンヌ・モローはフランスを代表する女優として60年以上にわたり映画、舞台に出演した。また愛について、老いについて、真の自由についても多くの名言を遺した。
絵:こぐれひでこ

彼女の視線に射られたら、男の胸は大きく波打ち、彼女の虜になることだろう。いやいや、女だって虜になる。私だって虜になった。そしていまでも虜である。

気弱だった自分に響いた
出世作での名演技

初めてジャンヌ・モローと出会ったのは映画『死刑台のエレベーター』だったと記憶する。

《土地開発会社の重役ジュリアンは、社長夫人フロランス(ジャンヌ・モロー)と不倫関係にあった。二人は自殺に見せかけて社長を殺すことを計画する。実行したのはジュリアンだったが、エレベーターの電源が落とされ、その内部に閉じ込められてしまう。約束の場所に現れないジュリアンを案じながら、パリの街を徘徊するフロランス。犯罪は暴かれ、彼女は「私はあなただけを愛していた。誰も二人を離せない」、そう独白するのである》

死刑台のエレベーター

『死刑台のエレベーター』

写真:REX/アフロ

1958年、ルイ・マル監督のデビュー作となる傑作サスペンス。この作品から、芯の通った女性像を演じるようになり、映画ファンから絶大な支持を得るように。

とまあ、不倫の犯罪映画なのだけれど(しかし素晴らしい映画)根底に流れる情愛が切なくて哀れ。マイルス・デイビスのトランペットが彼女の気持ちに寄りそうように流れる。ジュリアンを案じながらパリの街を呆然と歩くフロランス。

彼はしくじったのかも。とんでもなく不安であろうその時にも、彼女は真っ直ぐ前を向き、その目はうつろでありながら強い光を放っている。こんなに強い人、こんなに凛とした人、見たことない。なんてかっこいいの!

軟弱な性格、決断力欠如だった私の心に自立した大人の女、ジャンヌ・モローが入り込んだ。憧れの人になったのである。

たとえその役がどんなに情けを知らない不道徳な悪魔だとしても、スクリーンから放たれる彼女の魅力は、人生に大切な何かをはらんでいるのではないか。そう思えたのである。

84歳の遺作での役柄に見る
本人の生き様、考え方

遺作となった映画は2012年に製作された『クロワッサンで朝食を』で、ジャンヌ・モロー84歳の時の作品。心がねじ曲がってしまった金持ちのマダム役である。そばにはあれこれ彼女を助けてくれる元愛人(随分年下)の存在もあり......。

年齢相応の老マダムでありながらも、高級ブランドに身を包み、元愛人の恋愛に嫉妬する。演じるジャンヌ・モローは、最後の最後まで妖艶な悪魔だった。あっぱれである。

クロワッサンで朝食を

『クロワッサンで朝食を』

写真:Collection Christophel/アフロ

エストニア出身の映画監督イルマル・ラーグが、母親の実話をもとにつくったヒューマンドラマ。80代のジャンヌ・モローが主演を果たしたことでも話題に。

私はスクリーンの中の彼女しか知らない。しかし生身の彼女も映画の役柄と似たような考えを持ち、似たように生きたのではないかと思うのだ(犯罪は除きます)。

今も支えにしている
自由になれる方法

【何を愛するか、何に夢中になるか......。それを選べる人は、自由になれる】

これはジャンヌ・モローの発言のひとつ。スクリーンから彼女が放ったいくつものカケラ、私がつかんだそのカケラはほんのわずかだったかもしれないが、どうすべきか悩み迷った時、彼女からもらった小さなカケラに、ずいぶん背中を押してもらった記憶がある。

憧れには永遠に追いつけない。それでいい。それがいい。憧れのカケラを吸い込めた、それだけで私は満足である。ありがたいことに不倫も犯罪も犯さず、私、もうじき76歳。

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