私らしく。

自然の力を、もっと身近に#02

KURKKU FIELDS
音楽家・小林武史さん提唱の「循環する生態系」の集大成

nature 自然のかけら| # # #

自然のかけら

「人は自然の一部であり、自然に生かされている」ことを体感できる千葉県木更津市の『KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)』。9万坪の広大な敷地で農と食、壮大な循環を体験できるサステナブルファーム&パークの取り組みを紹介します。

KURKKU FIELDS

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農と食から壮大な自然の循環を体験できる施設。敷地内のツアーやバーベキュー、ピザづくり体験などのプランもある。ファッションデザイナーの皆川明さんが手がける新たな宿泊施設、『COCOON(コクーン)』も秋頃にオープン予定。

人と自然が豊かに共生する場所

持続可能な社会に向けた活動を担う非営利組織『ap bank(エーピーバンク)』や、そのコンセプトを実践する『kurkku(クルック)』を立ち上げるなど、日本でいち早くサステナブルな取り組みを始めた音楽家の小林武史さん。これまでの活動の集大成として築いた施設が、2019年に誕生した『KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)』です。

趣味のダイビングを通じて海の生物の営みやそこで育まれている循環に感銘を受けた小林さんは、日頃から自然や環境に寄りそった新しい“場所づくり”に想いを馳せ、この『KURKKU FIELDS』で次の世代に残したい「生物や自然の豊かな循環が息づく場」を実現したといいます。

ゲートで来場者を迎えてくれるのは、古材を再利用したサイン。
ゲートで来場者を迎えてくれるのは、古材を再利用したサイン。
『KURKKU FIELDS』にはファーム・酪農場・ハーブや野菜の菜園など、さまざまな施設が集まっています。
『KURKKU FIELDS』にはファーム・酪農場・ハーブや野菜の菜園など、さまざまな施設が集まっています。
屋外に常設展示されている草間彌生のアート作品「新たなる空間への道標」。2016年 / Courtesy of Ota Fine Arts / ? Yayoi Kusama
屋外に常設展示されている草間彌生のアート作品「新たなる空間への道標」。
2016年 / Courtesy of Ota Fine Arts / © Yayoi Kusama

「施設のコンセプトの根底には、『自然の一部である人間もその循環に関わっていこう』という想いがあります」と話すのは、広報担当で菓子部門のリーダーを務める小林真理さん。

「エコロジーの観点からは人間は悪者になりがちですが、人間の手を加えることで自然をより豊かにする仕組みをつくれるのではないか。『KURKKU FIELDS』ではそういう仕組みをつくるチャレンジをおこなっています。自然の恵みをありがたくいただいたら、よりよい形で自然にお返しする。そういう関係を築くことで人も自然もより豊かになれる。ここではそんな、人と自然のポジティブな共生を提案しています」

「ビオトープ」の生態系を説明する手描きの看板。プランクトンに水棲生物・魚・鳥と、さまざまな生き物たちの関係が描かれています。
「ビオトープ」の生態系を説明する手描きの看板。プランクトンに水棲生物・魚・鳥と、さまざまな生き物たちの関係が描かれています。

小林さんが言うように、『KURKKU FIELDS』では驚くような循環のシステムが機能しています。たとえば、生物の多様性を育む「ビオトープ」。ビオトープとは多彩な生物が共生する空間のことをいいますが、『KURKKU FIELDS』の「ビオトープ」である小川や池には、数えきれないほどさまざまな生物が棲息しています。

微生物や植物など、自然の力を利用して水質を浄化している小川。そのまわりに自生しているセリやクレソンは、食材として味わうこともできます。
微生物や植物など、自然の力を利用して水質を浄化している小川。そのまわりに自生しているセリやクレソンは、食材として味わうこともできます。

人の手を加えてできた、
さまざまな生態系

全長200mの小川に流れているのは、場内のダイニングやベーカリーから出た排水です。排水には窒素や有機物、リン酸など水質悪化の原因となる栄養分が過剰に含まれていますが、これらの栄養分を分解してくれるのが、小川の底に敷き詰められたリサイクル瓦レンガに棲みつく「微生物」。さらにはタチヤナギやマコモといった「植物」が成長のために栄養分を吸収することで水が浄化され、さまざまな生物が棲みやすい環境に整います。

小川が流れ込む小さな池には、オタマジャクシやメダカなど多彩な生物が棲息しています。
小川が流れ込む小さな池には、オタマジャクシやメダカなど多彩な生物が棲息しています。
池の横には「バグホテル」と呼ばれる虫の巣箱がありました。穴を泥で塞いだのは棲みついたドロバチです。木の端材にドリルで穴を開けただけという巣箱ですが、毎年、ここに昆虫が巣をつくり、ファームの害虫を食べてくれるそうです。
池の横には「バグホテル」と呼ばれる虫の巣箱がありました。穴を泥で塞いだのは棲みついたドロバチです。木の端材にドリルで穴を開けただけという巣箱ですが、毎年、ここに昆虫が巣をつくり、ファームの害虫を食べてくれるそうです。

小川はやがて、メダカやゲンゴロウ、オタマジャクシが棲息する小さな池に流れ込みます。池に棲む生物はカエルやトンボに成長し、ファームの害虫を食べてくれる──そんな共生の恵みが随所に息づいています。

小さな池の先にあるのは、渡り鳥が飛来しモリアオガエルなどが棲息する池「マザーポンド」。プランクトンから魚、鳥までが共生するさまは、まさに大自然の生態系の縮図です。人間の活動によって出た生活排水をそのまま自然に流してしまえば、それは環境を汚染するものになります。でも、ほんの少しだけ人の手が加わることで、浄化された水は豊かで複雑な生態系のなかを循環します。これこそ、『KURKKU FIELDS』が目指す「仕組み」であり理念を象徴しているといえるでしょう。

施設内の電力の約8割が、環境になるべく負荷をかけない再生可能エネルギーでまかなわれています。「自然エネルギーである太陽の恵みを享受し、再び自然に還元できるようなシステムを」との考えから、施設内にソーラーシステムが設けられています。
施設内の電力の約8割が、環境になるべく負荷をかけない再生可能エネルギーでまかなわれています。「自然エネルギーである太陽の恵みを享受し、再び自然に還元できるようなシステムを」との考えから、施設内にソーラーシステムが設けられています。

生ごみから食材へ、おいしい循環

ダイニング自慢の、ある日の「クルックフィールズランチ」。上は、平飼い卵のゆで卵やファームの野菜盛りだくさんの前菜の盛り合わせと、ファームの野菜で仕立てた自家製ドレッシング。右上はニンジンのスープ。下は「季節野菜のピザ」で、この日はカラフルジャガイモとアンチョビのピザ。アクセントとしてフレッシュなモヒートミントを添えています。ピザ生地もベーカリーでつくった自家製です。
ダイニング自慢の、ある日の「クルックフィールズランチ」。上は、平飼い卵のゆで卵やファームの野菜盛りだくさんの前菜の盛り合わせと、ファームの野菜で仕立てた自家製ドレッシング。右上はニンジンのスープ。下は「季節野菜のピザ」で、この日はカラフルジャガイモとアンチョビのピザ。アクセントとしてフレッシュなモヒートミントを添えています。ピザ生地もベーカリーでつくった自家製です。

同様に、人の手による「仕組み」によって「人と自然の共生」を体現しているのがダイニングです。「メニューをフィックスすることは、自然の営みよりも人の都合を優先することだから」という理由からメニューを決め込まず、園内にあるファームや酪農場で育てられた野菜や平飼いの卵、より本来の味を残すべく低温殺菌処理された搾りたてのミルク、水牛のミルクからつくったできたてのチーズ、近隣で獲れたジビエといった食材本来の滋味を体感できる新鮮食材を使った料理を提供しています。

提供の際に出た生ごみはミミズコンポストで堆肥化され、資源となって園内を循環しています。ごみが堆肥となり、畑に還って作物を生み、再びおいしい食材へ。そんな循環を言葉ではなく舌で味わえるのは、『KURKKU FIELDS』を五感で楽しむ体験です。

兵庫県の有名パティスリー『PATISSIER eS KOYAMA』の小山シェフ監修によるレシピでつくられたふわふわのシフォンケーキ。主な原材料は、ストレスなく走り回れる環境で育った約1200羽の鶏が産み落とす卵。シンプルなレシピだからこそ、素材の味わいを強く感じられます。ダイニングでオーダーできるほか、施設内のシフォンケーキショップではお土産として購入可能。
兵庫県の有名パティスリー『PATISSIER eS KOYAMA』の小山シェフ監修によるレシピでつくられたふわふわのシフォンケーキ。主な原材料は、ストレスなく走り回れる環境で育った約1200羽の鶏が産み落とす卵。シンプルなレシピだからこそ、素材の味わいを強く感じられます。ダイニングでオーダーできるほか、施設内のシフォンケーキショップではお土産として購入可能。

また、家畜たちも『KURKKU FIELDS』の循環を担う一員です。たとえば名物のシフォンケーキに使われている、発酵床を敷いた平飼いの環境で育てられた鶏の卵とブラウンスイス牛の搾りたてミルク。酪農場の家畜から出た鶏糞や牛糞は堆肥舎で堆肥化され、卵の殻は土壌にカルシウムを補給する資材としてオーガニックファームで使うといった循環の「仕組み」がここにも。

ダイニングやベーカリーの生ごみを堆肥化するミミズコンポスト。数万匹のミミズが堆肥に変えてくれます。
ダイニングやベーカリーの生ごみを堆肥化するミミズコンポスト。数万匹のミミズが堆肥に変えてくれます。
酪農場のブラウンスイス牛。搾りたてのミルクはダイニングやベーカリーほか、ミルクスタンドで販売するソフトクリームにも欠かせないもの。
酪農場のブラウンスイス牛。搾りたてのミルクはダイニングやベーカリーほか、ミルクスタンドで販売するソフトクリームにも欠かせないもの。

「野生の森」が、
人も自然の一部と教えてくれる

この土地の気候風土に合うさまざまな樹木1500本を植樹した「野生の森」。必要以上に手を加えないことが特徴です。
この土地の気候風土に合うさまざまな樹木1500本を植樹した「野生の森」。必要以上に手を加えないことが特徴です。

「マザーポンド」を取り囲む「野生の森」は、もともとは日の当たらないスギ林でした。開園にあたり、多様性のある森を育てようとスギなどの針葉樹を伐採。代わりに房総半島に自生しているコナラやシイノキなどおよそ50種の樹木1500本を植えています。「植樹にあたってはあえて完成イメージを描かず、森づくりを自然の摂理にまかせました」というのは植樹を担当したスタッフ、新井洸真(こうま)さんです。
「人間と同じで“世代交代できる”森にしたいと、バランスよく植樹しました」
開園から3年がたった森には種類だけでなく、新たに芽吹く植物など世代の多様性も育まれ、いまでは渡り鳥ほか、たくさんの野鳥や虫が集まってきます。

「森の楽しみ方はいろいろありますが、樹木だけではなく、その周囲にあるさまざまな生物の営みにも目を向けてみてほしいと思います。たくさんの生物が関わる生態系が成立してはじめて森になるのですから。鳥のさえずり、モグラが土を掘り返した痕跡、木の根元のスミレの芽吹き……生き物の手がかりを探してそこにどんな営みがあるのか、ぜひ想いを馳せてみてください」(新井さん)

『KURKKU FIELDS』のいたるところで実感させられる、「人は自然に生かされている」という事実。そんな考え方に触れることで、新しい「何か」に取り組みたくなった方もいるかもしれません。自分が出すごみに意識を向けてみる、自宅にコンポストを導入してベランダでハーブや野菜を育ててみる……そんな小さなことから、身近な「循環」のアクションをはじめてみませんか?

KURKKU FIELDS

千葉県木更津市矢那2503
Tel:0438-53-8776
営業時間:10:00~17:00
定休日:火曜・水曜(祝日の場合は営業)
入場無料(2022年より入場料が発生します。事前にHPにてご確認ください。)
https://kurkkufields.jp

photo:HASHIMOTO Hirotaka
text:KURAISHI Ryoko

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