私らしく。

自分らしさのコツ#06

はしもとみおさん
ただ「今」を生きる動物に学ぶ、日々をリセットする生きやすさ

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私らしい、あの人

実際に存在する、もしくはしていた動物たちのそのままの姿形を彫り、「作品を残し続けることが、時には魔法使いのような役割でもあり、自分の使命」と語る、動物彫刻家・はしもとみおさん。そんなまなざしを持つはしもとさんだからこそ、日々、動物に向き合う中で気がついた生き方のヒントもあるとのこと。さらに「彫刻」を通して導かれたという人生観についてもお聞きしました。

はしもとみおさん

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はしもと・みお 1980年、兵庫県生まれ。2005年東京造形大学美術学科彫刻専攻卒業、2007年愛知県立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。三重県北部の古い民家にアトリエを構え、動物の彫刻を制作している。各地で展覧会を開催するほか、世界各地から依頼を受けての動物たちの肖像制作、フィギュアやオブジェの原型制作も手がける。著書に、絵本『おもいででいっぱいになったら』(KISSA BOOKS)

「種」のイメージではなく、
性格までとらえた「個」を彫る

動物の木彫り彫刻家・はしもとみおさん。かわいらしさの中に「その動物の内面性までとらえた一瞬の姿」を反映し、作品はカプセルトイ化もされるなど、多くのファンを持つことでも知られています。2021年には人気ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(MBS毎日放送)にも出演。全国的にも有名な秋田犬「わさお」の彫刻をつくったことでも話題となりました。

はしもとさんが動物彫刻家を志したのは15歳の時、阪神・淡路大震災での被災がきっかけだといいます。

「もともと動物への愛情は人一倍強く、獣医を目指して理系の高校への進学も決まっていました。その矢先に兵庫県尼崎市で被災し、これまで当たり前に見て、接してきた動物たちが一瞬にしていなくなってしまう喪失体験をしました。その時、『もし獣医になれたとしても、その仕事では(天災に)太刀打ちできない』と思ったんです。『いなくなってしまった動物にもう一度触れたい、そのためには生きている姿を形としてそのまま残したい』と思い、彫刻家になろうと決意しました」

モデルとなった動物には、実際に触れることまで重視した再現性を心がけているそうです。彫り跡を残しつつも、生きているのかと見間違うばかりのリアリティにあふれた作品からは、モデルとなった動物の性格まで伝わってきます。

「優しく純粋な目で、まっすぐ見つめてくる」という犬「キップル」の彫刻。東京のアトリエの番犬的存在だそう。
「優しく純粋な目で、まっすぐ見つめてくる」という犬「キップル」の彫刻。東京のアトリエの番犬的存在だそう。
神経質な性格を表した、不安そうな表情やポーズが印象的な猫、「小鉄」。
神経質な性格を表した、不安そうな表情やポーズが印象的な猫、「小鉄」。
材料はすべてクスノキを使用。作品からは毛並みの質感まで伝わってきます。
材料はすべてクスノキを使用。作品からは毛並みの質感まで伝わってきます。

「彫る時は、動物の『種』ではなく、『個』を見るようにしています。その子特有のクセや弱みにこそ美しさがあり、長所でもあると思うんです。だからこそ、『犬はこういうイメージ』という既成概念で彫るのではなく、彫る前にその子への取材をていねいにおこないます。亡くなったあとに彫ることになった『わさお』も、一般的な秋田犬を彫ろうとしたわけではありません。周囲の方へのインタビューから情報をインプットし、一番彼らしいたたずまいの『わさお』の姿を、3Dプリンターのように取り出しただけなんです」

作品になることで可能になる、
「その子ができなかったこと」

はしもとさんは、愛犬・月(つき)くんの原寸大彫刻も毎年制作されています。

毎朝の日課で描いているという、月くんのスケッチ画。
毎朝の日課で描いているという、月くんのスケッチ画。

「(先代と同じ黒柴の)月くんは現在2代目なのですが、日々成長するということは、その時の月くんにはもう会えなくなるということですよね。それってある意味『死』と同じだと思うんです。ましてや動物は人間よりも命のサイクルが早い生き物なので、一緒に過ごす一日は貴重な一日。だからこそ、今しかない瞬間を彫刻で再現することでもう一度会えるし、撫でたり触ったりできると考えています」

原寸大だけでなく、手のひらサイズの彫刻も。写真は、海洋動物たちの姿をユーモラスにとらえた連作。
原寸大だけでなく、手のひらサイズの彫刻も。写真は、海洋動物たちの姿をユーモラスにとらえた連作。

「しかも、彫刻だったらその子が行けなかったはずの場所にも連れていけるんです。一緒に図書館でも、旅行にだって行くこともできます。だから私は自分のことを、まるで『魔法使い』のようだと思うことも(笑)。私に作品を依頼してくれた方にも、それぞれの動物との素敵なストーリーがあります。だからこそこの仕事は、自分の使命だと感じています」

「心の産廃」を溜めすぎている人間が
動物から学べること

動物たちが生きた証を残す仕事を続ける中で、はしもとさんは彼らから生き方のお手本を学んだそうです。

「動物は過去や未来ではなく、今に集中して生きていて、何があっても絶対に『生きること』を選ぶんです。その瞬間を全力で生きていて、まるで毎日生まれ変わっているような新鮮さがあります。

例えば、動物は人間と違って不幸や不機嫌を引きずらず、前日に怒られてしょげてしまうような出来事があっても、翌日にはケロッとして『遊んで!』っていう態度で人に接してきますよね? 一方人間は、悩みを捨てられず、翌日やその先にまで持ち越してしまう。これを私は『心の産業廃棄物』と呼んでいて、溜まりすぎると処理できなくなってしまうものだと考えています。

本来、人間だって動物のように、もっと『今』のことだけを考えていいと思いますよ。今日一日をどんな気持ちで終わらせるかが大切で、夜には悩みや考え事をリセットしてしまう。そんなふうに考えられたら、明日は全く違う一日になると思います」

人間が悩みすぎてしまう理由として、「そもそも、うまく生きようとしすぎている」とも語ります。

「彫刻は、(あとから付け足すことができる)粘土などと異なり、一度彫ると後戻りができない、常に決断の連続を強いられる作業です。うまくつくろうとすると過度に失敗を恐れてしまい、次の一手が出なくなってしまう。これって、実は人生も同じだと思うんです。『失敗したくない』と思って一歩も進めなくなるのではなく、失敗を含むその過程も楽しむことが、前に進むコツ。そもそも、失敗なんて当然ですし、失敗してもいいんです」

成長は、ゆっくりでいい
焦る必要はない

はしもとさんが彫刻を約20年間続けている中で、世間では、すべてにおいて「早くうまくなる方法」ばかり求められすぎているとも感じているそう。

「何事ももっとのんびりでいいんです。『石の上にも三年』ともいうように、たった3年間の継続で何かを手に入れようとするのは、早すぎます。

私自身、彫刻を続けて3年では(彫刻の)良い部分しか見えなかったのですが、5年経った時に初めて悪い部分も見えてきました。そしてやっと自分のスタイルが確立できたのは、10年経ってから。もちろん20年経った今でも、まだ成長過程です。よく、『1年間英会話教室に通ったけど、英語がまだ話せない』なんて悩みも聞きますが、私はそんなの当たり前だって思います。焦る必要なんて全くないんですよ」

自分が新しく買ったモノを
100年後の誰かが
大切にしてくれたら。

普段は、三重県の築80年以上の古民家でのどかな暮らしを楽しんでいるというはしもとさん。日課の散歩で摘んだ花を家のあちこちに生けたり、庭でとれたツルで籠を編んだり、さまざまな方法で自然を生活に取り入れています。

また、そのアトリエ兼住居で、ヴィンテージ家具やお母さまが使っていたピアノ、前の家の持ち主がそのまま残していった古本など、「大切な古いモノ」に囲まれて暮らしているのだそうです。

「世の中では、新しい・便利なモノが良いとされがちです。でも、時間は買えないのだから、古いモノにこそ価値があると思うし、大切にしたいんです。何かを新しく買う時は、100年後のことを考えていますね。自分が今使っているモノを、100年後に誰かが使ってくれたらいいな、というふうに」

「彫刻でも、紀元前にエジプトでつくられた作品が悠久の時を超え、今の時代を生きる私たちの心を打つように、価値あるモノの素晴らしさは色あせないんです。そんな数千年単位の時間軸で物事をとらえているから、私は古いものに惹かれ、また、あまり焦らずに生きることができているのかもしれませんね」

「今」だけをとらえて一生懸命生きる動物たちのように、もっと人間も気楽に考えて「心の産業廃棄物」を溜め込まない、そして「失敗も当たり前」という気持ちで、前に進むこと。成長を焦らないこと。それがはしもとさんの「心地よく生きるコツ」なんだね!

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