私らしく。

自分らしさのコツ#08

ナガオカケンメイさん
時間がもたらす“効能”とは。心を満たす「ものの選び方」

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私らしい、あの人

新しい商品に、便利な活用術。日々流れてくるたくさんの情報と共に、定額制サービスやフリマアプリに触れる中で、「ものの選び方」が変わってきた、と感じる人もいるかもしれません。そんな「ものの選び方」について、デザイン活動家のナガオカケンメイさんは、「考え方次第で、自分の支えになる」と話します。“丁寧な暮らし”はできなくても、考え方一つで、日々の生活がちょっと楽になる。そんな前向きになれる「ものの選び方」を教えていただきました。

ナガオカケンメイさん

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ながおか・けんめい 1965年、北海道生まれ。愛知県阿久比町育ち。2000年、「ロングライフデザイン」をテーマに、長く続く良質なものを扱う店舗をベースにした活動「D & DEPARTMENT PROJECT」を発足。以来、ディレクターとして「良質で長く愛されているもの・こと」をデザインと位置づけ、その魅力を伝えている。観光をデザインの視点で編集するトラベルガイド誌『d design travel』発行人。2021年には故郷の愛知県・阿久比町に『d news aichi agui』を開店。近著に『つづくをつくる』 (日経BP刊)。

デザインを辞めて気づいた
「本当に良いデザイン」とは

18歳で広告業界に飛び込み、グラフィックデザイナーとしてアイディアを生み出し続けていたナガオカさん。しかし、働き盛りの30代に突入したある日、「もうデザインはしないと決めた」といいます。

当時はバブルが崩壊し、経済が成長を止めた時代。にもかかわらず、大量にものが生み出され、次々と廃棄されていく世の中に疑問を抱いたというナガオカさんは、それまでの暮らしとは180度違う、「生活者になる」ことを始めます。そしてこのことが、ナガオカさんの転機となりました。

料理をしたり、庭いじりをしたり。そんな生活の中で気づいたのは、「世の中は使いづらいデザインが多い」ということ。「作る」から「使う」側へ、生活者の視点からデザインを見つめ直す日々が始まります。

そこでナガオカさんが確信したのは、「本当に良いデザインなら、人はものを捨てない」ということ。そして「本当に良いデザイン」と感じたものには、"ある共通点"がありました。

それは、長い年月をかけて作られ続ける、"ロングセラー"であること。世代を超えて、日々の生活を支え続けたものこそが「本当に良いデザイン」と気づいたナガオカさんは、長く愛されている良質な生活用品や家具を扱うお店『D & DEPARTMENT』を開きます。そこで「売る」こと以上に大切にしたのは、「伝える」ことでした。

その理由について「"もののまわり"の情報が多ければ多いほど、人はものを捨てないんです」とナガオカさんはいいます。

東京・渋谷ヒカリエ8Fにある『d47(d47 MUSEUM / d47 design travel store / d47食堂)』。『D & DEPARTMENT』では目安として製造から40年経ったものを取り扱っている。またそれらは、ナガオカさんやスタッフが実際に使い続けてみて納得できたものでもある。
東京・渋谷ヒカリエ8Fにある『d47(d47 MUSEUM / d47 design travel store / d47食堂)』。『D & DEPARTMENT』では目安として製造から40年経ったものを取り扱っている。またそれらは、ナガオカさんやスタッフが実際に使い続けてみて納得できたものでもある。
『d47 MUSEUM』では2〜3カ月ごとにさまざまな切り口で「ロングライフデザイン」にまつわる展覧会を開催。
『d47 MUSEUM』では2〜3カ月ごとにさまざまな切り口で「ロングライフデザイン」にまつわる展覧会を開催。
商品にはスタッフによって実際の使用感やものの背景を伝える手書きのポップが添えられている。
商品にはスタッフによって実際の使用感やものの背景を伝える手書きのポップが添えられている。

"もののまわり"とは、「どんな材料でできているか」「どんな人がどうやって作っているか」など、目に見えない商品の情報のこと。ものだけでなく、そのまわりに関心を拡げることで、愛着が生まれ、大切に使ってもらえる。ナガオカさんは「接客でゴミは減らせる」といいます。

現在も生活者の目線で「本当に良いデザイン」を探し求めながら、著書や全国各地で "もののまわり"やその魅力を伝える活動を行うナガオカさん。そんな多忙な日々を支えるために行っている"ある習慣"から、ナガオカさん流の「ものの選び方」のお話が始まりました。

※「もののまわり」は『D&DEPARTMENT PROJECT』の登録商標です。

時間がかかることは
ネガティブではない

「心が雑然としたとき、ぼくは洗濯をするようにしているんです。ひたすらアイロンをかけたり、服を畳んだりして。するといつの間にか"無"になって、心が整います」

ナガオカさんにとって、面倒なこと、手間のかかることを行うことは、自分をフラットに保つための大切な習慣であり、人生の"スローガン"のようなものだと話します。

「企業がスローガンを持つように、個人にもあるといいですよね。何かあったときに、立ち戻るための指標になるから」

またナガオカさんは、面倒くさいことや手間をかけることでかかる「時間」こそが、「ものの選び方」においても大切だといいます。

「手間がかかることや面倒くさいことが楽しくなったり、その良さに気づいたりするには時間がかかりますよね。でも例えば、作った時間と同じ時間をかけて料理を食べると、その料理や食事することの良さに気づくように、"ロングセラー"のものは、作りつづけられている時間そのものが、ものの良さを表しているんです」

例えば、ロボット掃除機や時短グッズは、手間や面倒を引き受け、自分の時間を作り出してくれる便利なものです。しかしナガオカさんは、そんな「自分」都合の時間軸を、「もの」に置くことが、結果的に「自分を支える」ことになると続けます。

励まし、勇気をくれる
「長く続くもの」の存在

全国各地で長く愛されるものを探求するナガオカさん。その中には、企業の活動や日本各地の土地に根付く文化なども含まれます。その一例として、福岡の辛子明太子製造会社『ふくや』での取材エピソードを教えてくれました。

「『ふくや』さんは、地元の伝統行事・山笠(やまかさ)を長年支援し続けているんです。その理由をうかがうと、『自分たちより長く続いているものを応援することで、自分たちも続ける勇気をもらえるから』と。なるほどと思いました」

ナガオカさんが今注目しているものは、意外にもプラスチック製品。「プラスチックは環境問題の渦中にあるけど、これまで生活の中で恩恵を受けてきた面もあるのに、急に悪者扱いされているのが癪で(笑)」
ナガオカさんが今注目しているものは、意外にもプラスチック製品。「プラスチックは環境問題の渦中にあるけど、これまで生活の中で恩恵を受けてきた面もあるのに、急に悪者扱いされているのが癪で(笑)」
捨てられないプラスチック製品を目指した「Long Life Plastic Project」のマグカップは、植物由来の原料を使用。「茶人が器に対して釉薬の表情を
捨てられないプラスチック製品を目指した「Long Life Plastic Project」のマグカップは、植物由来の原料を使用。「茶人が器に対して釉薬の表情を"景色"と見立てたように、時間が経って味わいが増したプラスチックを、経年劣化ではなく、経年"変化"として楽しんでほしい」

現在ナガオカさんが、『 日本フィルハーモニー交響楽団 』を応援しているのも同じ理由から。「時間軸」を、クラシック音楽という文化が持つ悠久の時間に置くことで、自分が励まされるような効能があるようです。

「例えば"ロングセラー"のものを使うことで、誰でもそれが続く理由を知ることができるように、『時間軸』は誰にでも開かれているんです」

そして現在、ナガオカさんが取り組む新しいお店をはじめ、「ものを選ぶこと」は「人とのつながり」を生むキッカケにもなっているといいます。

"好き"でつながる
ものから始まる可能性

愛知県知多半島阿久比町(あぐいちょう)は、ナガオカさんの生まれ故郷。この地に2021年に誕生したお店『d news aichi agui』では、ナガオカさん自身も店頭に立ち、接客を行っています。

「常連のお客さんの中には、まるで自分が店主のように接客をし始める方もいて。ありがたいことです」

それもそのはず。実はこのお店、地元の方をはじめ町外を含めたさまざまな方のクラウドファンディングによる支援によって開業したお店なのです。

地元の若者から年配の方々、町外で暮らす支援者まで、世代も価値観もさまざまな人が行き交うお店ができたことで、「まちに新しい動きが生まれてきている」とナガオカさん。(写真提供:D & DEPARTMENT)
地元の若者から年配の方々、町外で暮らす支援者まで、世代も価値観もさまざまな人が行き交うお店ができたことで、「まちに新しい動きが生まれてきている」とナガオカさん。(写真提供:D & DEPARTMENT)

自分が支援したお店を訪れる人に接客したくなる気持ち。自分が良いと思ったものを人に薦めたくなる気持ち。そして、そんな気持ちが通じたときのうれしい気持ち。『d news aichi agui』をはじめとしたナガオカさんのお店では、この「気持ち」の連鎖が、支援者や店主、客といった垣根を超えたつながりを生んでいます。

「『D & DEPARTMENT』で扱う商品の中には、LINEのオープンチャットグループがあるものもあり、商品を買った人がその商品について語り合うコミュニティになっているんです。ものを選ぶことをきっかけに、もの以外にも可能性が拡がるような商品を取り扱うようにしています」

『D & DEPARTMENT』ではLINEのファングループがある。「Long Life Plastic Project」のグループは200名超(2023年6月現在)のコミュニティができており、2022年にはグループのメンバー他、一般参加を募りプラスチックの「まわり」を学ぶ勉強会も開催した。(写真提供:D & DEPARTMENT)
『D & DEPARTMENT』ではLINEのファングループがある。「Long Life Plastic Project」のグループは200名超(2023年6月現在)のコミュニティができており、2022年にはグループのメンバー他、一般参加を募りプラスチックの「まわり」を学ぶ勉強会も開催した。(写真提供:D & DEPARTMENT)

自分の"推し"について語り合う場があることで、人とのつながりが生まれ、ものを使うこと以外の充実感を得ることもできる。時間をかけて作られたものには、そんな可能性があることをナガオカさんは教えてくれました。

慌ただしい生活の中でも、こうした「ものの選び方」を取り入れてみることで、私たちの日常の心持ちも変わっていくのかもしれません。

ものが生まれた背景や、長年続いてきた理由に想いを馳せてみる。「時間」を意識したもの選びは、ときに心の支えや充実感につながって、日々を前向きにしてくれる効能があるんだね。自分ではなく、ものに「時間軸」を置いてみるという視点は、今すぐ誰もが取り入れられることだよ。

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