私らしく。

自分らしさのコツ#12

甲斐みのりさん
加点法で日々「好き」を
拾い集めること、育てること

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私らしい、あの人

好きなものを見つけるのは、才能ではなく誰もがすぐにできること──。自らの体験を踏まえてそう話す、文筆家の甲斐みのりさんが考える、「好き」との出合い方と、そこから生まれる豊かな変化とは。

甲斐みのりさん

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かい・みのり 静岡県生まれ。旅・散歩・お菓子・建築などを中心に執筆。「好き」を見つけて暮らす楽しさを、ワークショップや講演などを通じて伝える活動も。著書に『乙女の東京案内』(左右社)など。

世の中の見え方を変えた
一冊のスケッチブック

自分のときめく気持ちを信じ、「好き」をテーマに執筆活動を続ける文筆家の甲斐みのりさん。旅・散歩・お菓子・建築など、著作は40冊以上にものぼります。
その原点が「好きノート」と名づけた一冊のスケッチブックです。

「子どもの頃から文章を書くことが好きで、将来は本をつくる人になりたいと芸大へ。ところが、すでに活躍している人たちばかりが目に入り、自分に自信を持てず家に閉じこもる日が続いたんです」

あるとき甲斐さんは、スケッチブックに自分の好きなものを言葉にして書き出そうと思い立ちました。この一冊を埋められたら、きっと自分は変われる。そんな、すがる思いではじめた「好きなもの探し」。すると、ぼんやりと見ていた周囲の景色も、好きなものはないかと目を凝らすことで、まったく違って見えることに気づいたと言います。

「好きなものを並べると、不思議とその人を表す詩のように」と話す「好きノート」。

やがて白いページを埋め尽くした「好き」は、自分を客観的に映し出してくれました。

「自分は何者でもないと落ち込んでいたけれど、私には好きなものがこんなにある。ここにあるものについてなら、いくらでも語れるんだと自分に自信が持てるようになりました」

「好き」を見つけることで、自分を変えられたことが、今につながっているという甲斐さん。同じように「好き」を見つけるには、何からはじめればいいのでしょうか。

好きなものに出合うコツは
加点法のポジティブ視点

「好き」は感性でも才能でもなく「訓練で見つけられるようになる」と甲斐さんは言います。

「自分の部屋やリビングなど、いまいる場所を見渡して、好きなものを10個、探してみてください。最初は見つけるのが難しいかもしれませんが、時計の文字の形や、壁の色など、少しでも好きだと感じる何かが見つかると思います」

散歩や雑学を文学にまで高めた植草甚一や、時代小説の名手・池波正太郎による食エッセイなど、学生時代に影響を受けた本をはじめ、小説・絵本・漫画などがずらりと並ぶ本棚。

次は思い出の中から10個。その次は、出先から家までの道のりで10個。できれば、そのとき「好き」と思ったものを、紙や携帯のメモ機能を使って書き残しておくとよいかもしれません。それを繰り返していくうちに、誰もが日常の中に自分だけの「好き」を見つけられるようになるのだそうです。

「『好き』に理由や根拠はいりませんし、誰かの評価も必要ないと思います」

大切なのは、ものごとのよい面を探すこと。"加点法"で世の中を見られるようになれば、ある人には興味が持てないものでも、面白いと思えるようになるといいます。

そうして見つけた"偏愛"の一つであり、甲斐さんのライフワークとなっている「地元パン」も、「かわいい! 好き!」がきっかけでした。その土地ごとに愛される、ローカルで昔ながらの「地元パン」。美食という観点だと、パンはほかにもたくさんあるかもしれません。

「10年先にも残したいお店や場所を集めた」著書の一部。

「おいしいものを食べるのが好きというより、"おいしくものを食べる"のが好きなんです」

そう話す甲斐さんは、パッケージのデザインやつくり手の技術、長く地元の人たちに愛されてきた歴史なども含めた物語が「おいしさ」なのだといいます。

このように、見つけた「好き」について「もっと知りたい」「もっと見たい」と深めていくことで、「好き」を増やしていった甲斐さん。かつて自信をもたらし、そしていまライフワークになっているたくさんの「好き」を、「私のお守りなんです」と表します。そんな"お守り"を持つことは、自信になること以外にも、よいことがあると甲斐さんは続けます。

包み紙もお菓子の大切な一部。デザインの美しさや哲学が詰まっています。美しいデザインを活かした手づくり封筒でアップサイクルするのも、「好き」を深める楽しみ方。

「好き」を知り、育てれば
ささやかな平和活動になる

「誰かをうらやんだり、他人についてあれこれ言いたくなるようなことが少なくなりました。それでも落ち込むことはありますが、そんなときも『お気に入りのお菓子を食べたら元気になれる』『街を歩いて好きなものを見つけることで気分転換できる』というように、好きなもののおかげで回復が早くなりました」

また、甲斐さんは、自分には興味がないことも、「なぜこんなに人気なのだろう?」と調べるうちに、共感が生まれることもあると言います。人それぞれに大切なものを見つけて育てる気持ちが、家族・友人・地域へと広がることで、お互いの理解が深まり、お互いを尊重する社会につながります。

もっちりとした手ざわりも再現した「地元パン」のカプセルトイも監修。全国のつくり手を訪ねて知る物語を、後世に伝えることにも使命を感じているそう。
もっちりとした手ざわりも再現した「地元パン」のカプセルトイも監修。全国のつくり手を訪ねて知る物語を、後世に伝えることにも使命を感じているそう。
形・色・模様など、工夫を凝らしたお菓子の缶や箱も、おいしさを味わう大事な要素
形・色・模様など、工夫を凝らしたお菓子の缶や箱も、おいしさを味わう大事な要素
オリジナルこけしの制作やイベントも開催したほど、夢中になったこけしのコレクション。
オリジナルこけしの制作やイベントも開催したほど、夢中になったこけしのコレクション。

「私は、『好き探し』が、ささやかな平和活動になると信じています。雑誌やSNSなどで知る、誰かの好きなものが気になるときは、真似してみるのも一つ。試してみて、自分に合うと感じれば深めるといいし、そうでなければさっと次へ。三日坊主に悩んで踏み出せずにいるより、いろいろ試してみると自分だけの『好き』が見つかると思いますよ」

世界は、私たち一人ひとりの集まり。自分の「好き」を探すことが誰かの想いに触れ、明日を変えるきっかけになるかもしれません。

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