私らしく。

社会のかけはし#02

マザーハウス
戦略にはない“感覚”を大切に。途上国発ブランドの幸福論

relation しあわせの連鎖| # # #

しあわせの連鎖

「買い物は、理想とする社会に一票を投じることでもある」という考え方が広まりつつある近年、注目を集めるファッションブランド『マザーハウス』。「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ことを理念に掲げ、使い手はたしかな品質に信頼と愛着を持ち、作り手は遠い国の誰かをしあわせにする自分の仕事に誇りを覚える。ブランドを支える3人に、そんな好循環が生まれる理由をうかがいました。

マザーハウス

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途上国の豊かな自然に育まれた素材と受け継がれてきた職人の手仕事から生まれる、バッグ、レザーグッズ、アパレル、ジュエリーなどを販売するブランド。全国に40店舗を構え、台湾やシンガポールにも直営店を持つ。軽やかさと機能性が人気の2wayバッグ『yozora(ヨゾラ)』や、四季の移り変わりをグラデーションレザーであらわした革小物『Irodori(イロドリ)』シリーズを代表とした、良質で個性あふれる商品を展開している。

最貧国でのスタート
制約を強みにした術とは

『マザーハウス』の創業は2006年。国際協力に関心を持っていたデザイナーの山口絵理子さんの留学先であるバングラデシュでの「ある出会い」がきっかけです。

それは「世界の縫製工場」と呼ばれるバングラデシュの「技術力」。しかし当時、アジア最貧国といわれていた同国では、それはしばしば「安価な労働力」と見なされ、職人たちは過酷な労働環境を強いられるケースも。

そこで山口さんは、職人との対等な関係づくりに留まらず、お互いを高め合うことで、単なる途上国支援を超えた、世界に通用するものづくりへの挑戦を始めました。

『マザーハウス』では、自社工場で職人を直接雇用しているが、同国でそれは異例のケース。固定給が支払われることが、職人の高いモチベーションにつながっている。
『マザーハウス』では、自社工場で職人を直接雇用しているが、同国でそれは異例のケース。固定給が支払われることが、職人の高いモチベーションにつながっている。

文化も価値観も違う国での挑戦は、当初、困難の連続だったそう。しかし、その"違い"と向き合うことこそが『マザーハウス』のものづくりと、広報の佐々木博國さんは話します。

例えば、労働環境。定期的な健康診断や、会社のお金を無利子で貸付することなど、現地の職人をはじめスタッフが安心して働ける環境を整えることが、高い品質を生む原動力につながっているそうです。

職人たちにとって「第二の家」になっている工場では、日本でのイベントに出席するメンバーを全員で祝福する。そんな家族のような組織を目指しているそう。
職人たちにとって"第二の家"になっている工場では、日本でのイベントに出席するメンバーを全員で祝福する。そんな家族のような組織を目指しているそう。

また、"違い"と向き合うことは、現在6か国を数える生産国独自の素材に対しても同じだといいます。

「例えば、ダイヤモンドは光り輝くように均一にカットするやり方が主流ですが、私たちがインドネシアでつくっている商品は、職人の手の感覚で、原石の元々持っている特徴に合わせてカットされるため、個性的で、一つひとつに違いがあります」(佐々木さん)

例えば、価値がないとされている小さなルビーは小ぶりな指輪に。常識を疑い、各地の素材が活きるものづくりを目指している。
例えば、価値がないとされている小さなルビーは小ぶりな指輪に。常識を疑い、各地の素材が活きるものづくりを目指している。
使えなくなったバッグを回収し、新しいバッグにリメイクする『RINNE(リンネ)』。面が広く取れないという制約を逆手に取って、パッチワーク風のデザインに。
使えなくなったバッグを回収し、新しいバッグにリメイクする『RINNE(リンネ)』。面が広く取れないという制約を逆手に取って、パッチワーク風のデザインに。

"制約"が個性となり、ブランドの強みに変わる。 "違い"を尊重することで、人も素材も輝く。

そうしたものづくりの現場では、反対に現地の職人からも「日本のスタッフへの尊重」をいつも感じているのだそうです。

国籍や文化を超えて
尊重し合うための共通語

職人との関わりについて嬉しそうに話すのは、アートディレクターの立石茉莉さん。

「彼らは『僕らがどれだけ良いものをつくっても、君たちが商品の魅力を伝えてくれなければ意味がない。お客様に商品を届けてくれる、君たちの仕事を尊敬している』と、よく話してくれます。私たちも、すばらしい商品を生み出す彼らを心から尊敬しています」(立石さん)

尊重し合える関係が作れているからこそ、難しいデザインやアイデアを提案しても、職人は「やってみるよ」と限界を作らず、商品化が実現した例も少なくないとか。
尊重し合える関係が作れているからこそ、難しいデザインやアイデアを提案しても、職人は「やってみるよ」と限界を作らず、商品化が実現した例も少なくないとか。

しかし、互いを想い合い、切磋琢磨する関係だからこそ、時にはうまくいかないことも。そんな状況を変えたのは、他でもない「お客様」の存在でした。

それは、ある熟練の職人との出来事。長年の経験から独自の手順を確立しているため、スタッフが要望を伝えても、彼はなかなか作り方を変えなかったそうです。しかし、日々店頭に立っているスタッフが現地に行った際に「お客様の声」としての要望を直接伝えると、すぐに受け入れ、やり方を変えたそう。

笑っているように見えるデザインのハンドバッグ『Emy(エミー)』。特に難しい技術を要するバッグには、生産者の名前を記したタグが付けられ、職人たちの誇りになる。
笑っているように見えるデザインのハンドバッグ『Emy(エミー)』。特に難しい技術を要するバッグには、生産者の名前を記したタグが付けられ、職人たちの誇りになる。

私たちが作り手の顔が分かるとモノへの愛着が芽生えるように、職人もまた使い手の声を聴くと熱意が生まれ、自分の仕事に誇りが持てる。

そんな関係を取り持つ店舗スタッフは、お店を訪れる人たちにどのように商品の魅力を伝えているのでしょうか。銀座店の店長・高地亜季さんから返ってきたのは、意外な答えでした。

答えはいつも自分の中に
戦略よりも大切なこと

「商品の背景を伝えることは大切だけれど、それだけではきっとお客様の心を動かすことはできないし、自分たちも息苦しくなってしまうと思うんです。」(高地さん)

バングラデシュをはじめ、途上国での生産背景やものづくりへの理念を持つブランドですが、「それはお客様には関係ないこと」と言い切ります。

「かわいそうだから買ってもらう、ではなく、あくまで"商品"として魅力的かどうかが第一。ブランドのストーリー(背景)を前面に出すことはありません」(佐々木さん)

『マザーハウス』では、店舗スタッフを「ストーリーテラー」と呼んでいる。豊富な商品知識やストーリーが有りながら、お客様に伝える内容は一人ひとりに合わせてチューニングしているという。
『マザーハウス』では、店舗スタッフを「ストーリーテラー」と呼んでいる。豊富な商品知識やストーリーが有りながら、お客様に伝える内容は一人ひとりに合わせてチューニングしているという。

そこで大切にしているのが、「自分がお客様だったら......」という感覚。それが表れているのが、バッグのアフターケアサービスです。

「マザーハウスの製品は決して安い物ではないので、長く使いたいと思うのは当然のことだと思うんです。だから短期スパンで買い替えるのではなく、人生の相棒として一緒に歩んでもらえることを私たちも願っています」(高地さん)

「自分がお客様だったら......」という感覚は販売の方法にも。ペンダントトップを自由に付け替えられるようにし、チェーンとのセット売りを止めることで価格を下げ、新作も手に取りやすくした。
「自分がお客様だったら......」という感覚は販売の方法にも。ペンダントトップを自由に付け替えられるようにし、チェーンとのセット売りを止めることで価格を下げ、新作も手に取りやすくした。

修理から戻り、綺麗になったバッグを見て、スタッフと喜びを分かち合う。製品を買うだけではなく、こうした体験ができる場所として、店舗を訪れるお客様も多いそうです。

たくさんの笑顔の循環は
いつも一つの想いから

「売ったら売りっぱなし」にしない。なぜなら自分たちがそうだったら嬉しいから。

こうしたシンプルな"感覚"が、人の心を動かし、商品を作る途上国へと想いをつないでいる『マザーハウス』。

そしてそんな想いを、しっかりと職人たちに届けられるようにと、職人たちを日本に呼び、お客様に直接触れ合う店舗イベントも定期的に開催しているそうです。

村の外に出たことがなかった職人の中には、来日を経験したことで視野が広がり、一念発起して大きな夢である「聖地巡礼の旅」に出た人もいるとか。誰かの想いが、誰かの人生を変えていく。"
村の外に出たことがなかった職人の中には、来日を経験したことで視野が広がり、一念発起して大きな夢である「聖地巡礼の旅」に出た人もいるとか。誰かの想いが、誰かの人生を変えていく。

そこで職人たちは、自分たちの作ったものを手にして、喜ぶ人々の姿を目の当たりにし、時には直接お礼を言われることで、仕事への熱量も各段に高まるといいます。

今ではこのイベントで日本に行くことが、職人たちの間でのひとつの目標になっているのだとか。作り手から使い手へ、そして再び作り手へ。こうした想いの循環が、『マザーハウス』のものづくりを支えているようです。

(左から)アートディレクターの立石さん、銀座店・店長の高地さん、広報の佐々木さん。
(左から)アートディレクターの立石さん、銀座店・店長の高地さん、広報の佐々木さん。

「誰かを喜ばせたい」という、誰しもが持つ想い。ただ、いざ行動に移そうとするとつい考えすぎて、二の足を踏むことも多いのではないでしょうか。

しかし、たったひとつの買い物が、遠い国の誰かの笑顔につながっているという事実が証明するように、「自分がそうだったら嬉しい」という感覚を信じて行動することは、きっと何かにつながっていくはず。幸せの循環は、「まずは行動」で始まるものかもしれません。

『マザーハウス』が注目を集めている取り組みをさかのぼっていくと、すべては「相互尊重」につながるシンプルなものだったんだね。自分ごと化することで、より良い方向に進んでいくものはたくさんありそう。

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