「コロッケお願いしまーす」
「これ持っていくね」
「後ろでお待ちの方~、何にします?」
平日朝の8時。明るい声かけが店頭を行き交います。ここは京都市下京区にある「まるき製パン所」。
1947年創業、2025年で78年目を迎えるパン屋です。
看板商品はコッペパン。コロッケ、ポテトサラダにあんこやクリームなどの具材がはさんであって、誰でも一度は食べたことがありそうな、気取らない顔ぶれに思わず顔がほころんでしまいます。
ショーケースを見ると、商品の値札は置いてあるものの、パンがないところもちらほら。どうしようか悩んでいると、「ここにないものでもつくりますからね」と店員さんが声をかけてくれました。陳列されたパンをトレーにのせて購入するセルフサービス形式のパン屋が多いなか、ここでは昔ながらの対面販売を続けています。
「チョコ二つ」「チョコ2」「ハム一つ」「ハム1」と、お客さんの注文に復唱する店員さん。「エビカツ2......あれ? いま何個頼んだっけ?」と、お互いに確認し合う姿はなんだか楽しそうです。
そんな光景を見ていると、「お店の人と話しながら買い物をするのは、やっぱりいいなぁ」という気持ちになってきます。
普段の買い物を思い返すと、パンに限らず「商品を選び、買う」時に誰かを介すシーンは、どんどん減っていっているような気がするのです。この数年で、無人レジを導入する店がどれだけ増えたでしょう。
「元お客さん」が支える
コッペパンの味
「じいちゃんが始めた創業当時から、店のつくりも、コッペパンのレシピも、何も変わっていないんです」と3代目当主の木元陽介さんが教えてくれました。
コッペパンは「注文が入ったら具材をはさむ」スタイルも、変わらないものの一つ。当初は、その都度つくれば売れ残りが少なくて済むという理由で始めたそうですが、いまでは「つくりたてのおいしさ」になっているのでしょう、その場で思わずパクっと食べているお客さんも。
しかし、14種類あるコッペパンを注文ごとにつくるのはなかなか大変なこと。それを支えているのが、パートスタッフの皆さんです。
「パン生地の仕込み以外、他の作業は全員できますよ。誰が何って決まってないから、手が空いたら、忙しそうなところを手伝ってね。そうすれば、お休みしたい時も、安心して休めるでしょう」と50年近く働いているというベテランのスタッフさん。
見ると、さっきまで接客をしていた人が、パン生地を成形していたり、揚げ物をしていたり。目まぐるしく作業は変化していきます。これはさぞかし忙しく、余裕がないのでは......と思いきや、皆さんとても楽しそうな様子。
客足が少し途絶えると、どこからともなく雑談が始まり、和気あいあいといった雰囲気です。
「ここでは、仕事中にしゃべるなとか言わへん。店が狭いっていうのもあるのかな、距離が近いからしゃべりやすい。なるべくしゃべったらええよって言うてます。その方が仲よくなるからね」と陽介さんの父であり2代目の廣司さん。その言葉通り、皆さんとても仲がよさそうで、チームワークも抜群。活発な声かけとともに、コッペパンがどんどん出来上がっていきます。
手渡されたコッペパンは、キャベツはシャキシャキ、カリッと揚がったコロッケはほんのり温かく、どこか生き生きして見えます。
店の近くには小学校、中学、高校と学校が多く、学生のお客さんも多いのだとか。聞けばスタッフの皆さんも、ほとんどが元お客さん。
口ぐちに「子どもの頃から、よく買いに来てました」とうれしそうに答えます。
「求人もアナログで、店頭に貼り紙でしかしてないんです。だから自然と近所の人が多くなりますね。うちのことを知ってる人の方がいいかなぁというのもあって」と陽介さん。
中には、もともとは近所に住んでいたけれど、いまは車で通っている人や、出産を機に一度辞めたけれど戻ってくる人も多いと言います。
コッペパンはもちろん、スタッフの皆さんは店そのものにも愛着を感じているのでしょう。話を聞いているうちに店全体が明るくにぎやかで、気持ちのいい理由が少しわかったような気がしました。
他のパン屋で働いても
自分の店を変えようとは思わなかった
「雨上がってよかったですね。いつも自転車で来てはるから」と、スタッフの方が常連と思わしき女性を目にして、途端に声をかけました。その様子は、たまたま会った近所の人と話しているような、街中の光景そのままといった雰囲気です。
「お客さんもパートさんも、近所の人が多いので、日常の延長みたいに働いてるところもあるかもしれませんね。子どもの頃からこの光景は変わらないです」
店の2階が住居になっていて、生まれた時から店と共に育ってきた陽介さんは、将来は「なんとなくパン屋になるんだろうな」と思っていたと言います。
専門学校でパンづくりを学んだ後、ホテルに就職。その後、知り合いの店が2店舗目をオープンするタイミングで、"当時最先端のおしゃれなパン屋"で修業をします。
他の店を経験し、実家のパン屋に戻ってきた時、3代目として「新たに変えたい」と思うことはあったのでしょうか。
「それが、全然なかったんですよね。うちのパンはうちのパン。お客さんもそれを求めて来てくれてると思いますしね。接する時間はわずかですけど、昔から続いている対面販売の雰囲気も楽しんでもらえたらと思ってます。いらんことはしないです」
誰かと話すことで、前向きになれたり、沈んでいた気持ちが少し上がったり。人間は、そういう生き物だと思うのです。たとえそれが店先で交わされる、たわいのない会話だったとしても。こんなささいな日常の光景がこれからも続いてほしい——そう願う気持ちになるのでした。
「まるき製パン所」は、今日もいつものコッペパンに、いつもの顔。ゆるやかに人と人がつながる店は、訪れる人をきっと元気にしてくれるでしょう。そんな店が近くにあったら、なんだか明るい気持ちで毎日を過ごせそうです。
まるき製パン所
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京都市下京区松原通堀川西入ル北門前町740
TEL: 075-821-9683
営業時間:平日6:30~20:00/日曜・祝日6:30~14:00
定休日:月曜
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