私らしく。 by 再春館製薬所

newton
額装することで見えてきた、「私」にとっての大切な物

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ストーリー

大切にしている物を部屋に飾ること。それは、忙しい日々のなかで、私たちにふと立ち止まる時間を与えてくれるきっかけになるかもしれません。いままでさまざまな物を額装してきた額縁・額装専門店 newtonの鷹箸廉さんに、額装することの魅力についてお話を伺いました。

東京の都立大学駅の近くにある額縁・額装専門店 newton。通りからのぞくと、光が差し込む、明るく穏やかな雰囲気の小さなギャラリースペースがあります。専門店と聞くと、画家や写真家など、限られた人がいく場所のような印象を持ちますが、「どうぞ、寄っていってください」と声をかけてもらえているような、そんな気持ちになってきます。

実際に、newtonには初めて額装をする人がたくさん訪れています。
山登りと絵を描くことが大好きだったお父さんが残した山野草のスケッチ。小学生だった息子と2人で海外を旅した時に持ち帰った外貨紙幣。憧れのミュージシャンのライブ会場でもらい、長くしまっておいた当日の曲順が書かれた紙。
中には、そんな物まで!? と驚くような依頼もあるそうです。

「でも、その人にとっては思いが詰まった大切な物ですよね」と2代目店主の鷹箸廉(たかのはし・れん)さん。
「昔、めいっ子さんが描いた絵を本金箔の額縁に入れて飾りたいって依頼を受けたことがあるんです。その時、価値って誰が決めるものでもないんだなあって。お客様に教えてもらいました」

さまざまなお客様と向き合ううちに、「『一人一人にとっての大切な物』を額装してあげたい」と思うようになり、いまでは定期的に「額装相談会」を開いています。

「入りにくい印象がある額装店に、少しでも入ってもらうきっかけをつくりたい」と13年前に店内の一角で展覧会の企画を始めました。3年ほど前にはnewtonから徒歩約1分の場所に新たなギャラリーnoie extentもオープンしました。写真は以前の展示より。(写真:鷹箸廉)

絵や写真だけじゃない
どんな物でも額装できる

「額装相談会」を始めたきっかけは、とある家具ブランドとの取り組みからでした。

「家具ブランドの社長ご夫妻が、額装店の一角でギャラリーを手掛けていることに興味を持ってくださって。その家具ブランドの直営店でアートの展覧会を企画することになったんです。その一環で『額装相談会』をおこなったのが始まりでした」

家具ブランドの顧客にメールマガジンで呼びかけてみると、想像以上の反響があり、予約はすぐに埋まりました。お客様と話してみると、「額装したいと思う物があっても、額装店に行くのはハードルが高かった」という声が多く、額装してみたいという人の多さに驚いたそうです。

「お父さんの形見のベルトのバックルを持ってきた方がいらしたんです。これはどんな経緯でここにあり、なぜ大切にされているのか? これからどのようにしたいか? など、いろいろな話をして、どんな額装にするか一緒に考えていきました。そうしたら、その日の夜に、『今日は父の形見が僕の宝物になっただけではなく、お話しした時間も僕の人生の中で忘れられない思い出になりました』というメールをくださったんです。それが泣いてしまうほどうれしくて」

人から必要とされることが一番うれしいと語る鷹箸さんは、「両親が喜んでくれるなら」と高校生の時に店を継ぐことを決めました。

「その時、額装することは誰かの宝物をつくる仕事なんだって、ハッとしたんです」
それは、初めて額装する人と向き合ったからこそ、気づいたことなのかもしれません。この出来事は、鷹箸さんにとって忘れられない体験になりました。

思い出を飾ることで
日常にもたらされる時間

鷹箸さんは自身の生活の中でも、いろいろな物を額装しています。
草花を額装したのも、その一つ。コロナ禍でどこにも出かけられなかった時、家族で近所を散歩した時の思い出なのだそうです。

「河川敷で植物採集して、気に入ったものを押し花にしたり、組み合わせを考えたりしたんですけど、思いのほか楽しくて。これを見ると当時の子どもの大きさとか、その時の気持ちを思い出すんですよね。何げない日常も、額装することで形にできる、そして残していけるんだなぁって」

どんな物でも、思いを一緒に額装すればアートになりえるということを伝えたかったと言う鷹箸さん。植物を額装してプレゼントすることも多いそうです。

残しておきたい思い出には、ささいな日常もあれば、忘れられない経験という場合もあります。

スタッフの藤井祥子さんは、入社2年目の時に初めてギャラリー展示の企画から設営までを担当。作家の気持ちをくむための細かい気配りや、慣れない作業で、緊張と不安の連続だったと言います。

「でも、ありがたいことに、会期中は本当にたくさんのお客様が来てくださいました。作品を見た感想を伺っていると、誰かの心を少しでも動かすきっかけづくりに携われたんだなって。感動しました」

担当した作家・小林紗織さんの作品。「犬のような生き物が抱き合っているのでしょうか。温かみのある雰囲気が好きです」と藤井さん。

藤井さんは、展示の記念に作品を一つ購入しました。しばらくはそのままで楽しんでいましたが、最近になってようやく額装したそうです。
そして、部屋に飾って眺めているうちに、日々の気持ちの変化に気づいたと言います。

「見るたびに作品の持つパワーと『あの時頑張ったな』って勇気づけられるような気がするんですよね。毎日忙しくても、少し立ち止まる時間ができる。額装するって、そういう魅力もあるなぁって思うんです」

人の心に働きかけるのがアートなら、自分の人生に関わる物をアートとして捉え直した時、それがもたらす力は、より一層強いものになるのかもしれません。

気軽に相談できる
「町の額装屋」でありたい

鷹箸さんはいま、額装することもギャラリーを運営することも、どちらも楽しくて仕方がないと言います。その根底には、「人が好き」という気持ちがあるのだそうです。

「例えば、展示を企画する時の出発点って、作家さんの考えに共感したりだとか、この人のために頑張りたいっていう『思い』なんですよね。僕にとって大切なのは、作品以上に『人』なんです」

一人一人の作家と向き合いながら、どんな額装で、どう飾れば作品が一番輝くか? 会話を通して一緒につくりあげていく。それはギャラリーの仕事だけでなく、初めて額装をする人に対しても変わりません。

相談しやすい店にしたいとの思いから、店の入り口に打ち合わせスペースもつくりました。

「ギャラリーで作品を迎え入れた方や額装を頼んでくださった方の自宅まで設置に行くことも多いですよ。飾られた空間を見ると、この方はこれから毎日、この作品やこの額装と共に毎日過ごすのかと思うと、感慨深くなります。額装を通して、その方の人生に少し関われたような気がして、またうれしくなりますね」

温かく迎えてくださる鷹箸ご夫妻。「以前、買い物帰りのおばあちゃんがギャラリーにふらっと寄ってくれたことがあって、すごくうれしかったんですよね。誰もが気軽に入れる場所でありたいなと思っています」。

額装店やギャラリーと聞くと、高尚で気軽に入れないイメージがありましたが、終始ニコニコしている鷹箸さんに話を聞いているうちに、どんどんハードルが下がっていくのを感じます。

額装店は、一部の人のためだけでなく、あらゆる人のためにある。何かを額装したいなと思う時、額装した物を眺める時、それは自分の人生を振り返る時間にもつながるのかもしれません。

額縁・額装専門店 newton

  • 東京都目黒区八雲1-5-6プライム都立大学1階
    TEL : 03-3723-1230
    定休日 : 月曜 (日・祝日は不定休)
    営業時間 : 10:00~19:00

文:竹ノ上ひとみ  写真:関めぐみ、鷹箸廉

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1969年創業。2012年より店舗の一角で展示を企画するようになる。2015年にnoie.ccとして、ギャラリー運営や作家のマネジメントを本格的にスタート。現在は、newtonとギャラリーnoie extentの2店舗を運営し、幅広く額装の相談を受け付けている。月に一度額縁相談会を開催。最新情報はInstagramでご確認ください。