私らしく。 by 再春館製薬所

要一郎さんのほんのり脱力術#08

麻生要一郎さん
毎日急ぎ足で帰る僕。チョビ(猫)とのいとおしい生活

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連載

頑張りすぎもよくないのにな——。頭ではわかっていても、つい欲張ったり、肩に力が入ったりしがちですよね。心にほんの少しの余裕があれば、自分にも周囲にも優しくできるのかもしれません。おだやかなまなざしで日々の生活を楽しんでいらっしゃる人気の料理家・執筆家・麻生要一郎さんに、脱力のヒントを教えていただきます。

料理家・執筆家の麻生要一郎と申します。
皆さんの忙しい日々に、ほんの少し力が抜けるようなエッセイを毎月お届けしていきたいと思っています。

今回は、愛猫・チョビについての話です。

この連載の影の主役と言ってもいい、愛猫チョビは現在16歳。わが家、いや僕の人生の中心的な存在。

出入りする人々は多いが、この家に暮らしているのは、僕とパートナーである英治さんの2人だけだ。
大人同士だから何時に帰ろうと、あるいは帰るまいと構わないはずなのに、時計を気にしながら急ぎ足で帰るのは、チョビが寂しがっていないか、おなかがすいていないか、心配だから。
玄関のドアを開けると、「寂しくてずっとここで待っていたよ」という表情と甘い鳴き声で迎えてくれるのがうれしい。

僕が帰ると、ニャアニャア言いながら一緒にキッチンへと向かい、90cmほどあるカウンターにひょいと飛び乗って、水を飲む。
お気に入りのガラスボウルに水を注いでいると、早く早くと顔を出してくる。そこへ氷を1粒入れてあげると、手ですくってみようとしたり、なめてみようとしたり、その様子が何ともかわいらしい。

お水に満足すると、カウンターからちょっと低いスツールへと一回移動してから、床に着地。若い時ならばそんなことはせず、すぐに床に着地していただろうけれど、もう若くはないので安全策をとってのこと。

続いてはキッチンの裏手にあるウォークインクローゼット内にあるチョビのコーナーで、好物のかつお節とごはんを補充。ムシャムシャと食べている間に、トイレ掃除をするまでが帰宅してから一通りの儀式。

もう少し甘えたいという時には、抱っこをして窓の外の景色を眺めてから一緒にゴロンとしてブラッシングをしながら、しばらく時間を過ごす。しかし、それはチョビ次第であり、こちらに決定権はない。
英治さんが帰宅した時にも、同様の儀式は催されるが、水分補給はキッチンではなく洗面所でおこなわれる。

1年前、西新宿にある大好きなホテルが、改装で1年間休業するという。
2人そろって家を空けることはめったにないが、近所で1泊なら大丈夫かなと意気込んで、英治さんと出かけた。大げさに別れを言いながら出かけ、ホテルのレストランで夜景を眺めながら食事を楽しんだ。

52階から見える東京の夜景は美しく「あっちが家だよね」なんて言っていると、夜空にチョビの顔が見えるようで、部屋に戻ると気になって気になって、急いでタクシーに乗って様子を見に帰った。
チョビも眠そうな顔で「泊まりじゃないの?」みたいな顔でこちらを見ていた。

チョビは毎朝、こちらの朝食にも付き合ってくれるのだ。コーヒー、自家製の野菜ジュース、パン、果物が定番。食パンだと全く関心を示さないが、リベイクしたクロワッサンを食卓へ運ぶと、目を丸くして足元で待っている。
小さくちぎったものを、手にのせて目の前に差し出すと、くんくんと慎重に匂いを嗅いで確かめてからもぐもぐ食べる。

クロワッサンを食べるのが、健康にいいのかどうかは正直わからない。
しかし、本人が慎重に判断して食べているのだ。僕は野生の感覚を信じている。そして一つのものを一緒に分け合って食べるということは、きっとそれだけで、いいエネルギーにあふれているのではないかと思っている。

猫の16歳は、人間で言ったらもう随分おじいちゃん。リビングと寝室を行ったり来たり、
ウォーキングも結構している。キッチンのカウンターまでジャンプで一っ飛びできるほど足腰は健康、食欲は旺盛で、毛並みもツヤツヤ。

ブラッシングをしながら「僕の寿命を使っていいから、もっと長生きしてね」といつも語りかけている。最近では、人気雑誌の表紙も飾ったし、取材で一緒に撮影を求められることも一段と多くなった。
その哀愁漂う背中には「まだまだ若いものには負けないニャー!」という意気込みを感じる。

「えっ? パソコンはいいから、お水が飲みたい?」
それでは、チョビのお水の時間ですので、皆さま、また来月に!

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麻生要一郎さん

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あそう・よういちろう 1977年、茨城県水戸市生まれ。日々無理なくつくれる手軽なレシピの提案やエッセイを執筆。広いキッチンのあるスタジオでは、気の置けない友人たちを招いて食卓を囲んでいる。著書に『僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22』(オレンジページ)などがある。