私らしく。 by 再春館製薬所

要一郎さんのほんのり脱力術#07

麻生要一郎さん
サプライズにならなかった、友人の誕生日パーティー

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連載

頑張りすぎもよくないのにな——。頭ではわかっていても、つい欲張ったり、肩に力が入ったりしがちですよね。心にほんの少しの余裕があれば、自分にも周囲にも優しくできるのかもしれません。おだやかなまなざしで日々の生活を楽しんでいらっしゃる人気の料理家・執筆家・麻生要一郎さんに、脱力のヒントを教えていただきます。

料理家・執筆家の麻生要一郎と申します。
皆さんの忙しい日々に、ほんの少し力が抜けるようなエッセイを毎月お届けしていきたいと思っています。

今回は、サプライズの準備をした時についての話です。

先日、僕が心の兄と慕う大切な友人の誕生日会を、わが家で開催した。

サプライズで彼を喜ばせたいと思っても、勘がいいのでばれるに決まっている。そう思いながらも、驚かせたいし、喜んでほしい、普段忙しいのだから主役の日くらいはくつろいでほしい、と。

会場はわが家。とにかく気を使わないいつものメンバー。誕生日会の企画は極秘裏に。忙しい本人との日程調整は、年は変わらずとも僕が娘のように思っている美雨ちゃんが担当。家の飾り付けとケーキは美雨ちゃん、料理と飲み物は僕で分担。

いつものメンバーというのは気が楽なもので、声をかけただけで誕生日会が成功したような気がしてしまう。
何時に来る? と細かいことは約束しなくても、気がつけば食卓にそろっているのだが、この日ばかりは会場の飾り付けが終わる前に本人が来ては具合が悪い。

美雨ちゃんが18時30分ごろに来るから、主役のパートナーとやりとりをして、少し余裕を持って19時に来てもらうように調整した。しかし、道が渋滞して美雨ちゃんは到着が遅れそうとのこと。急きょ、ゆっくり来てもらうようにお願いをした。土壇場の水面下、慌ただしい調整がおこなわれた。

美雨ちゃんと娘のなまこちゃんが、風船を抱えて駆け込んで来た。壁にハッピーバースデーの飾り付けをし、残りの風船を膨らます。僕も手伝いたいけど、揚げ物をしていて手が離せない。

助っ人として頼りにしていたささやんも、仕事が忙しく不在。ギリギリの攻防戦、風船を膨らませるのも数が多くて限界を迎えていた。

そんなタイミングで、主賓夫婦が登場。もちろん自分の誕生日会だとわかっていたと思うが、リビングに入り壁に飾られた“HAPPY BIRHTDAY”の文字と風船の飾り付けに、われわれがねぎらわれるようなうれしい反応をしてくれた。
残りの大きな風船は彼の鍛えられた肺活量で一気に膨らませ、みんなで最後の仕上げをした。

一尾丸ごとキンメダイの煮物、鶏の唐揚げ、たけのこご飯、かす汁、他にもたくさん。料理を並べて、食卓を囲んでいるうちにいつもの顔ぶれがそろった。
よく食べ、たくさん話して笑った、誕生日にふさわしい、いい夜だった。

そして、ケーキとプレゼントタイムも滞りなく完了して、コーヒーを飲みながら「誕生日のサプライズって難しいよね」という話になった。最初にスケジュールを確認した時には、全く自分の誕生日会だとは思わず返事をしてくれたのだという。

では、いつ気がついたのか。 「ひょっとして?」と思いながら、わが家でご飯を食べていたある日。食卓近くの棚に置いてあるカレンダーを眺めると、この日の欄に自分の名前の1文字である「直」と書かれていたのを見て確信したのだそうだ。

そう、サプライズをサプライズじゃなくしていたのは、何と僕だったのだ。誕生日会とは書かずに、名前の1文字を書いたのだが、それとこれとは同じことである。

誕生日はうれしいもの、祝ってくれる家族や友達がいればなおさら。お祝いの数字が随分と大きくなってきているけれど、それもいいじゃありませんか。
髪には白髪が増え、肌も若い時とはコンディションが違う。顔のどこかに刻まれたシワは、自分の生き様だとたたえたい。

わが家の予定が書かれているカレンダーは、あからさまな位置に置いていていつだって丸見えだし、ある意味では、みんなのカレンダーでもある。そのことも、何だかとてもうれしかった。

次の誕生日会の予定は、迷わず"サプライズパーティー"とカレンダーに書いたのでした。

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麻生要一郎さん

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あそう・よういちろう 1977年、茨城県水戸市生まれ。日々無理なくつくれる手軽なレシピの提案やエッセイを執筆。広いキッチンのあるスタジオでは、気の置けない友人たちを招いて食卓を囲んでいる。著書に『僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22』(オレンジページ)などがある。