私らしく。 by 再春館製薬所

要一郎さんのほんのり脱力術#10

麻生要一郎さん
執筆、時々外へ。筆が進んだおこもり一人旅

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連載

頑張りすぎもよくないのにな——。頭ではわかっていても、つい欲張ったり、肩に力が入ったりしがちですよね。心にほんの少しの余裕があれば、自分にも周囲にも優しくできるのかもしれません。おだやかなまなざしで日々の生活を楽しんでいらっしゃる人気の料理家・執筆家・麻生要一郎さんに、脱力のヒントを教えていただきます。

料理家・執筆家の麻生要一郎と申します。
皆さんの忙しい日々に、ほんの少し力が抜けるようなエッセイを毎月お届けしていきたいと思っています。

今回は、仕事に没頭した一人旅についての話です。

介護をしていて家を空けることができなくて、旅に出られない時もあったけど、最近はそれを挽回するように旅に出かけている。

ニューヨーク、モロッコ、ソウルへは何度か、国内のあちらこちらにも。しかしいつだって、旅の目的や相手というものが僕には必要で、一人旅を経験してこなかった。

思いがけず一人旅に出かけることになったのは、6月末のこと。
執筆が立て込み、どうにも生活の中では書き出せそうにない。全て書き下ろしの本ともなれば、最初に書く一編はちょっとエネルギーが必要だ。
しかし、どこかで"缶詰"になりたいなと言いながらも、チョビもいるし、家のことだっていろいろ。そう簡単にはいかない。

そんな時、家族のような友人のささやんが「缶詰になったらいいじゃないですか?」と、問いかける。
東京や関西の都市じゃ、ホテルに誰かが遊びに来たり、どこかへホイホイ出かけたり、チョビが心配だからと帰ってきそうとの指摘は的を射ている。
ソウルなら街は慣れているし、親しい友人がいるわけでもない、缶詰にきっと向いている。ささやんは「今月の都合の悪い日いつですか?」と言いながら、ソウルのホテルの予約をしてくれた。

何度も訪れているが、これまでは空港からホテルまでの移動や行きたいお店など、どこへ行くのにもささやん頼みだった。今回は、ドアトゥードア、一人旅だ。

ソウルに着いて、アプリでタクシーを呼びホテルへ。チェックインを済ませ、隣の建物にあるコーヒーショップでコーヒーを買い、早速パソコンを開いて仕事を始めた。

この滞在では丸々1冊書き下ろしのエッセイ、その1編目を最初に書きたかった。いままでのエッセイとは少し趣向が違う設定で、書き出しがうまくいかず悩んでいたのだ。

今回の缶詰のルールは、朝は買い置きした果物とヨーグルトとコーヒーを部屋で、昼と夜は外へ食べに行っていい。
ソウルという街は一人ごはんには不向きで、友人に教わったプゴク(干しだらスープ)の店、参鶏湯屋さん、それから何度も通ったのはささやんに教わった一日中営業しているおいしいコムタンスープ屋さん。

プゴクの店は、メニューが1種類しかなく、座ると目の前に料理が運ばれてくるので会話が生まれない。ホテルに戻るもしゃべる相手がいないから、独り言を言いながらパソコンに向かった。

家に一日いてもこうはいかない。洗濯をしたり、気になっていた場所を片付けたりしてしまい、せいぜい晩のおかずが1品増えるだけ、ということがよくある。
缶詰になったおかげで、書き出しの1編目のほか、5編目くらいまで書きためることができた。

しかし、自分一人で計画して缶詰になったのでは、こうはいかないかもしれない。ホテルをとってくれたからこそ、帰った時に成果物を持って「ありがとう!」と、胸を張って言えるようにという思いが頭の中にあった。

帰国してささやんに会った時、お礼を伝えると「僕は何もしてないです」とサラッと言った。僕だと、つい余計なことを言ってしまいそうである。そんなふうに、サラッとしていたいものだというのが、今回の旅の一番の学びかも知れない。

何かに没頭して、自分と向き合う、気楽な一人旅もおすすめです。

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麻生要一郎さん

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あそう・よういちろう 1977年、茨城県水戸市生まれ。日々無理なくつくれる手軽なレシピの提案やエッセイを執筆。広いキッチンのあるスタジオでは、気の置けない友人たちを招いて食卓を囲んでいる。著書に『僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22』(オレンジページ)などがある。