私らしく。 by 再春館製薬所

要一郎さんのほんのり脱力術#12

麻生要一郎さん
飾らない、真っすぐでいい。最後の客として食べた中華の味

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連載

頑張りすぎもよくないのにな——。頭ではわかっていても、つい欲張ったり、肩に力が入ったりしがちですよね。心にほんの少しの余裕があれば、自分にも周囲にも優しくできるのかもしれません。おだやかなまなざしで日々の生活を楽しんでいらっしゃる人気の料理家・執筆家・麻生要一郎さんに、脱力のヒントを教えていただきます。

料理家・執筆家の麻生要一郎と申します。
皆さんの忙しい日々に、ほんの少し力が抜けるようなエッセイを毎月お届けしていきたいと思っています。

今回は、閉店する中華屋さんを訪れた、秋田への旅についての話です。

皆さまにお楽しみいただいた、この連載もいよいよ最終回となりました。

先日、弟のような存在の友人である森君と、秋田を旅した。1泊2日ならぬ、1泊3日の旅。日曜日の夜にわが家で夕食を一緒に食べて、彼の運転する車に乗り込み、街を抜け山を越え、いざ秋田へ。

なぜ、そんなに早く出発するのかと言えば、秋田市で地元の方に長年愛された中華屋さんで、ニラレバと麻婆豆腐を食べるためだ。
閉店にあたり、毎日長蛇の列が続き、整理券を配っているとか。

旅の予定を決めた時には閉店するとは知らず、予定を決めたらその日が最終営業日になった。朝7時の整理券配布目指して、目的地までは650kmなり。

到着したのは深夜3時。店の駐車場には、先客2台が停車。混雑していなくてよかったと安堵(あんど)したのはつかの間、車から降りてこられた方が窓をトントン。

「整理券を21時から配って、もう配布終わっちゃって......東京からいらしたんですよね?14時30分には営業終わるから、何とも言えないけれど、その時に来てもらえたらひょっとしたら......」とおっしゃる。

われわれはぼうぜん。しかしその方からにじみ出る人柄とお店への愛着に温かいものを感じた。

本来はここに並んで、整理券を待ちながら夜を明かすつもりだったので、1泊3日と言っていたけれど、近くのビジネスホテルを探した。
ベッドに横になり、朝起きて温泉に漬かると、だんだんと楽しい気分になってきた。

14時30分になって車で向かうと、地元のテレビ局、新聞社、メディアが店をぐるっと囲み、名残惜しむお客様や関係者がたくさんいた。
最終日なのでたくさん店員さんが働いていて、夜中に話した方の姿はなかった。

どうしたものかと状況を見定めていた時に、整理券をもらったけど、遅くなったという一人の常連客が出現。「ニラレバと麻婆豆腐なら大丈夫だよ」と、通される。

われらもと事情を話すが、店員さん同士がどう判断したらいいか困惑していた。
常連さんが「せっかく東京から来たんだ、ニラレバと麻婆豆腐なら、俺のと一緒につくれば大丈夫じゃない?」と言ってくださり、入店叶(かな)う。

思いがけず、最後の客となった。
ニラレバをつくる店主の「これで最後だなあ」という声が聞こえてきた。思わず漏れたその言葉には、まだまだやりたいような、安堵するような、さまざまな感情が含まれていた。

新鮮なニラと新鮮なレバー、しっかりとした辛さとうまみのある麻婆豆腐。白いご飯に合う安定感のあるおいしさがそこにはあった。
壁に貼られたメニューの、力強い文字に全てが表れていた。

秋田の旅は後生掛温泉へと続く。
硫黄の香り漂うそば湯のような湯は、体の中にため込んでいた疲れを流してくれた。
次回は、数日湯治でもしたいものである。

山から山を抜けて、流れる川の美しさ、黄金の田んぼに見とれながら、再び帰路をたどる。
森君の視線の先にある秋田。中華も温泉も、余計な飾りっ気のない真っすぐなものばかりで、また訪れたくなった。

人はつい何かで飾ろうとしてしまう。
それはそれで素晴らしいことだけど、本当の"らしさ"というのは、あなたの中にもう既にあるものだと思うのです......と、チョビから学んでいます。

この連載を通して、脱力しながら、もう一度読み返して、自分の中にあるらしさを見つけてもらえていただけたらうれしいです。

また会う日まで!

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麻生要一郎さん

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あそう・よういちろう 1977年、茨城県水戸市生まれ。日々無理なくつくれる手軽なレシピの提案やエッセイを執筆。広いキッチンのあるスタジオでは、気の置けない友人たちを招いて食卓を囲んでいる。著書に『僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22』(オレンジページ)などがある。