食材の組み合わせ次第で
フランス料理だって薬膳になる
「コック・オー・ヴァンは、寒い季節の定番メニューなんですよ」。薬膳料理教室「WALNUTS KITCHEN 薬膳STUDIO」を主宰する田中奈津子さんの自宅兼教室にお邪魔すると、鍋がコトコトと音を立てていました。シチューのようないい香りが広がっていて、なんだか気持ちも温かくなってきます。
コック・オー・ヴァンは、 フランス・ブルゴーニュ地方の郷土料理で 、「鶏肉の赤ワイン煮込み」のこと。これが薬膳なの? とちょっとびっくりする人もいるかもしれません。
「ひと言で言うと元気が出る料理ですね。『気』が減ることで身体が冷える冬の時季にぴったりなんです。鶏肉は身体全体をぐっと元気にしてくれる作用がありますし、ニンジンやジャガイモは胃腸に働きかけてくれます(第2回「ニンジンのすりおろしサラダ」へ)。食材の組み合わせを考えさえすれば、どんな料理でも薬膳になるんですよ」
教室で教えているのは、フランス料理、イタリア料理、タイ料理などをベースにした薬膳です。
「食べることが大好きで、給食を食べながら今日の夜ごはんはなんだろう? って考えているような子どもでした」
将来は料理に関わる仕事がしたいと決めていた田中さんはレストランで料理人として働き始めます。お店ではテーブルコーディネートの仕事も兼務、料理をどう見せるかを考える楽しさも知り、結婚・出産後はフードスタイリストに。ドラマの食卓の演出など、憧れていたテレビに関わる仕事のチャンスもめぐってきました。しかし、幼い子どもを育てながらの重労働。徐々に身体に違和感を感じ始めたのだそうです。それでも、目をそらして仕事に没頭する日々が続きました。
「その結果大きい病気になってしまって、家族をものすごく不安にさせてしまったし、やりがいのあった仕事も諦めることになりました。改めて、健康じゃないと何にもできないなって。根本的に身体を立て直さなければと思った時、ふと祖母のことを思い出したんです」
近くに住んでいて一緒に過ごすことが多かったというおばあさんは、韓国生まれ。韓国は中国の食文化の影響を大きく受けていたため、おばあさんも薬膳の知識が自然に身についていたのだそうです。そのため、食事のたびに、まだ幼い田中さんに食材の効能を教えてくれていました。
「よく豚肉を食べさせられてましたね、しかも皮ごと。『女の子はお肌が大切なんだからね』なんて言いながら。元気がないならイモ類を食べなさいとか、食べることが身体の健康につながっているということはいつも言われていました。子どもの頃は全然理解できなくて、おいしければなんだっていいのにって思っていましたけどね(笑)」
薬膳には、同じものを食べて補う「以臓補臓」という考え方があるんだ。例えば、肌を強くしたければ他の動物の皮膚を食べる。動悸(どうき)が気になる時はハツを食べる。そう考えると、改めて僕たちは他の生き物の命をいただいて生きているんだという気がしてくるね。
いざ薬膳を学ぶと、記憶がよみがえってくるかのようにおばあさんの言葉をどんどん思い出したという田中さん。実践していくうちに身体にも変化が出始めます。
「手術後はしばらく身体が重かったんですけど、徐々に軽くなって、不要なものが抜けていったのを感じましたね。その時、薬膳ってちゃんと身体に返ってくるんだって、ようやく祖母が言っていたことが理解できました」
「身体の不調で何かを諦める、そんなことは二度としたくない」。教室を始めたのは、自分はもちろん、周りの人にも思いきりやりたいことに挑戦してほしいという思いがあったからでした。
まだまだ「薬膳は食べづらそう」というイメージがあるなか、田中さんは「暮らしに取り入れやすい、おいしい薬膳」を提案しています。
乾燥するのは表面だけではない
身体の中が乾燥するって?
暮らしに薬膳を取り入れたい。でも、知識が身につかないと続けるのは難しいのでは? と感じますよね。田中さんは「薬膳=勉強ではなく、少しずつ実践しながら効果を実感していくと楽しくなりますよ」と言います。そこで、おすすめなのが、ご飯や調味料など、毎日取るものから始めること。
「例えば、毎日のように使う油は、全般的に潤いを補ってくれるのですが、ごま油は腸に、オリーブオイルは肺の乾燥に働きかけるなど、種類によって作用する場所が少し違うんです」
しょうゆは身体の過剰な熱を冷ます、みそはおなかを温めるなど、調味料も効能を持ってるんだ。砂糖類だと、消化器系を元気にしたい時は黒砂糖、呼吸器系の乾燥に作用するのは氷砂糖など、種類によってもいろいろ違いがあるんだよ。調味料一つ工夫するだけでも薬膳生活につながるんだね。
乾燥といえば皮膚のイメージが強いですが、例えば、肺が乾燥するとせきが出る、腸が乾燥すると便秘になるといった症状につながるのだそうです。
「特に、胃が乾燥すると消化する力が弱まるので、せっかく取り入れた食材も栄養にならないんですね。そうすると潤いがつくれなくなってしまって、肺や腸、肌などにも影響してきます。なので、胃がしっかり働くように、身体の中から乾燥を防ぐことがとても大切なんです」
本記事が公開される11月は、まさに乾燥が気になり出す季節。胃に働きかけながら、潤いをつくってくれる「キノコのマリネ」のレシピを田中さんに教えていただきました。
「胃腸の働きを補ってくれるのがマイタケ、潤いのもとになる食材がヒラタケと松の実です。キノコは2種類入れているんですけど、それぞれ役割が違うのも面白いですよね。仕上げに大葉など、香りのいいものを入れて、つくった潤いを身体にしっかりめぐらせます」
身体の不調は何か? から考えて、食材を選ぶ。それが薬膳の原則ですが、食材を選んだ後は、「楽しく」がモットーの田中さん。ヒントにするのは世界の料理です。「その食材を使った料理はどんなものがあるかな」と調べる時間は、まるで世界旅行をしている気持ちになるのだとか。
「つくる時も食べる時も、ワクワクするような薬膳を伝えていきたいんです」
自分の好きな料理はどんな食材でつくられていて、どんな効能があるのだろう? と視点を変えて見てみるのも、薬膳を楽しむ一つの方法かもしれませんね。
乾燥が気になる季節に
身体の中から潤う薬膳レシピ
大葉の香りがポイント
キノコのマリネ
【材料(2人分)】
ヒラタケ.........50g
マイタケ.........50g
松の実.........大さじ1
ニンニク.........1/2かけ
大葉(バジルなど、他のハーブ類でも代用可).........5枚
長ネギ.........5cm
オリーブオイル.........大さじ2
塩.........適宜
酒.........50cc
【つくり方】
❶松の実をすり鉢でする。大葉、ニンニク、長ネギはそれぞれみじん切りにしておく。ヒラタケとマイタケは石突を落とし、小房に分ける。
❷キノコ類を小鍋に入れ、酒を加えて1分ほど蒸す。しんなりしたらボウルに取り出しておく。
❸❷の小鍋にオリーブオイル、ニンニクを入れ弱火で炒める。香りがたってきたら長ネギを加えてなじませる。
❹キノコ類に❸を合わせ、すりつぶした松の実と大葉も最後に混ぜ合わせる。最後に塩で味を整える。お好みでアーモンドやピーナッツなどのトッピングを。
WALNUTS KITCHEN 薬膳STUDIO
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世界の郷土料理から着想を得た料理など、さまざまなジャンルの料理を通して楽しく薬膳が学べる教室。季節の食材をテーマにした単発の講座と理論からしっかり学べる長期講座、二つのクラスから選べます(※長期講座は毎年4月にスタート)。最新情報はWEBサイトよりご確認ください。
文:竹ノ上ひとみ 写真:関めぐみ
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