私らしく。

自分らしさのコツ#13

鬼塚雅さん
「ありのまま」を受け入れると、知らない景色が見えてきた

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私らしい、あの人

スノーボード界の天才少女として数々の世界的記録を塗り替え、いまも雪山で戦い続けるプロスノーボーダーの鬼塚雅さん。勝負の世界で雅さんが自分を保ち、次へ向かわせるために大切にしていることとは。そこには、周りの人とのつながりや、自然との向き合い方がありました。

鬼塚雅さん

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おにつか・みやび  熊本県熊本市出身。5歳からスノーボードを始め、小学1年で初出場した国内大会で初優勝、8歳でプロとなる。2015年の世界選手権「女子スロープスタイル」で史上最年少優勝(16歳)を果たすなど、世界大会で数々の記録を残す。現在はスロープスタイルとビッグエアの2種目で次期オリンピック金メダル獲得を目指す。雪資源を守る活動「SAVE THE SNOW」のアンバサダーも務める。

5歳でスノーボードを始めもうすぐ20年。天才少女と謳われながら、自身の成長・変化とともに挑戦するプロスノーボーダーの鬼塚雅さん。幼い頃から延々と続く過酷な練習をこなすための「自分なりの方法」があるといいます。

「まずは目標を持つことですね。私の場合、“無茶かもしれないけど、いままでやったことないことを”という感じで、挑戦する技を計画する。そこから大会までの毎日のルーティンを決めて、それを地道にこなしていくと、また次が見えてくる。そのくり返しで、小さい頃からこれまでやってこれています」

現在の目標は、「次の遠征で4回転技にチャレンジする」こと(取材日は2023年12月)。具体的かつチャレンジ精神に満ちた目標設定が、ルーティンをこなすモチベーションにもつながっています。

とはいえ、そのルーティンにはさまざまな試行錯誤があったそう。専属トレーナーによるウォーミングアップの前に、あらゆるトレーニングを自主的に試すのは「もはや趣味」と笑います。

「トレーニング器具をあれこれ試したり、ラジオ体操したり。特に、取り入れてみたら体がすごく動くようになったのがヨガですね。ボクシングはトレーニングというより気分転換かな。基本的に夏の間にきちんと筋トレして、冬季は大会のため筋肉痛にならないように、と時期によってもメニューを変えるんです」

身体パフォーマンスを最大化する術をストイックに求めつつもどこか楽しそうなのは、季節やコンディション、気分に合わせて柔軟にメニューをカスタマイズできる余地を作っているからでしょう。なにより好奇心をフル稼働させることが、雅さん流の継続の秘訣といえそうです。

「なにが足りないか」を知ると
解決策がおのずと見えてくる

日々の1日積み重ねの一つである食事も、アスリートにとって重要な要素です。早稲田大学在籍時はスポーツ栄養学を専攻。自身の合宿メニューを研究対象としたところ、気をつけていたつもりでも栄養に偏りがあったことが判明。身体と食事習慣の関係を俯瞰するきっかけになったといいます。

「持久力をつけるためには炭水化物! とばかり思ってたんですが、データを取ってみると、むしろ不足していたのはタンパク質でした。ヨーロッパ合宿では朝食にパンばかり出るんですが、 途中でプロテインバーを挟むと、以前より少し集中力が持続したんです。ちょっとした変化なんですが、こういう積み重ねが、やはり大切です」

スポーツ選手に必要な視点は、と雅さんが続けた言葉は「なにが足りないかを知ること」。主観を挟まず自分を観察・分析することで、よい変化が生まれることを示唆するエピソードでした。

実は高所恐怖症だと打ち明ける雅さん。「不思議なんですが、板を履くと怖くなくなるんです。“全然降りれる高さだ、この高さなら飛べる”ってイメージが持てれば大丈夫」

さらに雅さんが栄養素以上に「足りなかった」と気づいたのが「オフの時間」。「よいコンディションを保つためには最も大切」と話すほど休息にフォーカスするようになった経緯には、オリンピックシーズンでのオーバーワークの経験がありました。

「つい休みをとらずに『もっといける』と突き進んでしまって。でも結果を見ると、練習をやりすぎても意味がないどころか逆効果でした。だからいまはちゃんと休む、オンとオフをしっかり分けるってことに意識的です。オフでは競技のことはいっさい考えない。どうしても頭から離れない時は、カラオケとか行って、無理やりにでも離します(笑)」

しっかり休めた時ほど、オンに入った途端「もう、勝手に集中しちゃう」という雅さん。「練習は飽きませんか?」との質問にも「飽きるのは心身が限界にきてるってサインなので、休みをとります」とあっさり。疲れこそが心身をむしばむ要因だと、身に沁みて実感されているのです。

個人競技だけど「一人じゃない」。
強さの秘密は、人とのつながり

「疲れは技にも如実に出る。自分でも気づかないうちに、コーチから『もう休めば』と指摘されることも」という雅さん。重いプレッシャーのなか、心身を健やかに保つことができるのは、そんなふうに客観的にサポートしてくれる仲間の存在が大きいそうです。

「スノーボードは個人競技なんですけど、じつは支えて下さる人の存在がすごく重要で。いまはコーチ二人とトレーナーさん、私という4名がチームになっていて、勝った時は一緒に喜び、負けた時は共に悔しがってくれる。なにごとも自分だけで抱え込まないように寄り添ってくれて、一人じゃないって感じられるんです」

雪山を舞台にアクロバティックな大技に挑み続ける雅さんの出身地は、じつは九州・熊本市。雪のない地に住みながらウィンタースポーツの世界でトップを争ってきた背景には、献身的に雅さんを支え続けた家族の存在もありました。

「いまでもしょっちゅう熊本に帰るんです。時間があれば訪れる阿蘇の白川水源は、数えきれないほど家族と訪れた場所。そこは本当に水がきれいで、落ち着くんですよね。私にとっては熊本へ帰ること自体が、オフの切り替えスイッチになっています」

「両親の長時間運転があって、いまの私がある」と雅さんがふり返るのは、幼い頃から片道約2時間かけて室内練習場のある福岡まで通った日々。学校が休みになると、遠方のスキー場にも度々連れて行ってくれたといいます。

「当たり前のように試合にも出られ、栄養バランスのとれたご飯が準備されていて。本当に恵まれていたんだなと大人になって気づきました」

早い段階で雅さんの才能を見抜き、信じ、支えた家族の覚悟と判断には、親として勇気づけられる方も多いかもしれません。

悪条件でも「受け入れる」。
そこで起こった変化とは

自然に左右される競技だからこそ、環境変化を如実に感じるという雅さん。冬季産業再生機構によるプロジェクト「SAVE THE SNOW」のアンバサダーを務めるなど、雪資源を守る活動にも積極的に関わる彼女が目で見た変化は、想像以上に深刻でした。

「先日訪れたアメリカの遠征先は、いつもマイナス30℃くらいだったのに、今年は上着がいらないほど温かかったんです。11月のスイス遠征でも、夏でも雪が溶けないはずの場所が土だらけ。雪山で生きている私にはつらい風景です」

「練習の後、落ちてるゴミを後輩が必ず拾って帰っていて、私もそれを真似するようになりました。きっとスタッフさんがゴミ拾いや掃除をやってくれるとは思うんですけど、『誰かがやる』じゃなくて『私もやる』。そういう選手になりたいなと」

常に自然の中に身を置くうち、吹雪や逆風など、自分ではコントロールできない自然現象のとらえかたにも変化があったといいます。

「以前は悪条件だと落ち込んだけど、最近は“いまここに吹く風を受け入れよう”って思えるようになりました。そんな心境でゲレンデを滑っていたら、受ける風や景色がとにかく気持ちよく思えて、“ああ、スノーボードが好きだ”って改めて思えたんです」

自然をまるごと受け入れることで、心の持ちようまでが変わったという雅さんの経験は、いつか苦境に立たされた時の、優しいヒントとなりそうです。

人生に吹雪や逆風が吹き荒れた時、まず「ありのまま」を受け入れることが困難を乗り切るヒントとなりそうだね。行く先を照らす灯台のような希望は、実は身近にあるのかも。「ありのまま」を知ると、足りないものや支えとなる存在に気づくこともできるはずだよ。

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