人は誰もが「多面体」
いろんな自分がいてもいい
まわりと自分を比べて、思い悩んだり、劣等感を抱いたり......そんなふうに心が揺らいでしまう時、星野さんの考える「自分」の捉え方は、きっと気持ちを前向きにしてくれます。
「精神科医 "など"」という肩書きで、医師業と並行して行っている文筆業や音楽活動といった「さまざまな面の自分」をあえて公言している星野さん。その理由は「人を構成する要素は、ひとつではない」という想いから。そして、それは心のケアを考える上でも大切だといいます。
「本来、人って『多面体』のようなものなんです。『自分はこう』と決めつけて、その面だけで人と比べてしまうのはもったいない。いろんな側面があって、どの面も自分だという考え方が大事だと思っています」
「多面体」をイメージすることは、「自分」だけでなく、まわりの捉え方やコミュニケーションする相手への接し方も変わるといいます。
「人間ですから、考え方がそれぞれ違うのは当たり前。見えているのは相手のほんの一面です。だから、知らない面がまだまだあるはずと思って、わかった気にならないように気をつけておくと、負の感情を抑えられるんです」
一方で、「頭ではわかっていても、イライラすることも落ち込むことも、もちろんあります」と星野さん。そんな時は、まず「自分の気持ちを客観的に見つめ直す」といいそうです。
モヤモヤを緩和する
簡単マインドセット
日常的にふつふつと生まれる負の感情。星野さんはこの状態を"心の凝り"とたとえ、身体の凝りと同じように、時間をかけてほぐしていくことが大切だといいます。そのためには、感情に任せず、まず立ち止まって、心の状態を客観的に見つめてみてほしいと続けます。
「ものごとには流れがあって、いい時も悪い時もあります。心のつらさも同じで、少しずつ変化していく。だから、まず『すべては道半ば』と思うようにしてみてください。解決を無理に急がず、『この先どう変わっていくんだろう』と、客観的に自分の気持ちを捉えてみると、つらさが少しだけ軽くなるかもしれません」
しかし、心がつらいと感じている時ほど、自分の気持ちは複雑で簡単に整理できないもの。そうした捉えどころのない気持ちとは、どう付き合えばいいのでしょうか。
「いろんな感情が頭の中にバラバラで浮かんでいるような時は、水槽からひとつずつ丁寧にすくうように、自分の中から取り出してみるイメージを持ってみてください。他者への怒りの感情もそう。自分と相手の中間にテーブルやお盆があると想像して、湧いてきた感情を一旦そこに『置く』のもいいですよ」
感情を物体として「取り出す」「置く」ことで、自分の気持ちを外側から眺めてみる。すると「こんなことでイライラしていたのか」と冷静になり、解決策が見えやすくなるそうです。
こうした「何かあった時」の対処法に加えて、日頃の備えとして星野さんは「自分のトリセツ(取り扱い説明書)」づくりを勧めています。
心を持ち直してくれる
人が本来持つ力とは
例えば、この音楽を聴いている時、読書をしている時、緑が多い場所で過ごす時......など、自分がどういう時に心地いい状態なのか、「これがあれば少しは気持ちがラク」と思えることを、いくつか箇条書きにしたものを自分のトリセツとして携帯のメモ機能などに持っておく。
そして、ちょっとイヤなことがあって気分が落ち込んだ時に「気持ちを持ち直すにはどうするんだっけ」と引っ張り出してみる、というわけです。
「心が疲れている時は、余裕がなくなってしまうものなので、トリセツを見返すことで『そうそう、自分にはこれがあるんだ』と、少し安心できるようになります」
このように、トリセツなどによって自分の気持ちを持ち直すことには、身体の怪我が癒えていくように人間の持つ「自然治癒力」が働いているという星野さん。そして、この「自然治癒力」こそが、人間が生きていくための大切なキーワードだと星野さんはいいます。
「大切なのは、自分の『自然治癒力』を応援してあげること。『自然治癒力』がちゃんと働くためには、心にも身体にもある程度余裕が必要です。だから、疲れたと感じたらまず、休む。なるべく『自然治癒力』が本来の力を発揮できるようにしておきたいですよね」
"ゆっくり、じっくり"
が教えてくれること
ここまでに触れてきた心のセルフケアは、必ずしも「すぐに効く」といったものではないかもしれません。けれど、「時間をかけてゆっくりと進むこと」こそが、星野さんがこれまで探求してきたものごとの大切な共通点になっているそうです。
「例えば、日本酒や味噌が時間をかけて醸造されていくように、時間をかけることで、ものごとって複雑さが生まれるんですよね。
会話も同じように、『結局、何がいいたいの』と過程を省略するようなことをせず、相手の言葉を待ってみる。すぐに答えが出ないとしても、心や気持ちは何かしら変化しています。"待つ"ことが、豊かな時間をつくると思うんです」
自然の力で生まれる発酵食品の複雑で奥行きのある味わいのように、時間をかけて育む関係性や過程を大事にすることは、「決して遠まわりではない」と星野さんはいいます。
「世の中はいろいろなものが影響し合っている"円環的(えんかんてき)"なものだと思うんです。だから、効率と結果だけを求めて直線的に進むのではなく、ぐるぐるといろんな線を辿ってみて、そこで失敗する経験も大事。どんなことも自分自身を知るために経ていく道だから、無駄ではないんです」
落ち込んだり、悔しさに苛まれたりしても、それは「いい加減ではなく、頑張っているから悩むんです。そういう時こそ、自分に『ナイス!』といってあげてください」と星野さん。
まずは「すべては道半ば」と思うところから。「心のセルフケア」は、つらい気持ちをやわらげるだけでなく、自分自身を肯定してくれる大切なお守りになってくれそうです。
"心の凝り"をほぐすには、まず自分に中にある感情を観察することがポイントなんだね。どんな経験や失敗も、すべてが未来の自分の糧になると思えたら、気持ちが切り替えやすくなりそう!
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