白くて長い根っこ
知る人ぞ知る秋田の旬菜
「せりは、根っこがごちそうなんですよ」
教えてくれたのは、秋田できりたんぽ鍋を出してくれた店の女将(おかみ)さんでした。せりの根っこなんて、これまで食べたことがあったかしら? 思いを巡らせながら、鍋の中の、見たこともないほど長い根っこをつまんで口に入れたとたん、目が覚めるようなさわやかな香気としゃきしゃきとした食感に驚かされたのです。
せりの根っこが食べられるなんて。しかもこんなにおいしいなんて。どうしてそれまで知らなかったんでしょう。なんでもきりたんぽ鍋の本場、秋田では当たり前のように根っこまで食べるのだそう。それ以来、「せりは根っこがごちそう」と念じるようになったのは言うまでもありません。
でも近所のスーパーで売っているせりは、たいてい根が短くきれいに切りそろえられています。秋田で食べたあの、白くて長い根っこにはなかなか出合えません。
聞けば不思議なことに、せりは寒ければ寒いほど根っこを伸ばすというのです。そのたくましさに触れてみたい。そう思うといても立ってもいられなくなりました。降り立ったのは、雪景色に覆われた秋田県湯沢市三関。この地区で採れる「三関せり」は、江戸時代から栽培されている在来種野菜の一つです。葉や茎が太く、なにより白く長い根っこが特徴で、秋田の鍋物には欠かせない存在だと言います。
厳しい寒さも大雪も
すべておいしさの糧になる
雪の中に立つビニールハウスでは、収穫の真っ最中。田んぼのように水を張られたせり畑で、農業用のフォークで刺して根を張った泥を20センチ近くも掘り起こします。水の中で泥をざっと洗い落とすと、あの白くて長い根っこが見えてきました。
「1月、2月になると根っこが伸びて抜くのが大変。収穫作業がぐっと腰にくるようになるんですよ」
そう言いながら大きく笑うのは、合同会社三関加敬農園の代表・加藤敬悦さんと長女の智子さん。冬の寒さの中、足は泥に浸(つ)かりながら中腰での収穫作業という過酷さにもへこたれない、明るい笑顔がハウスにあふれます。とはいえ厳冬期の収穫作業は日に2時間が限度。その後は作業小屋に移動して、出荷作業に移ります。
「井戸水で洗って、黄色い葉やゴミを取る。マルって(束ねて)、もう一回洗う。これを夕方までくりかえします」と敬悦さん。この作業には妻・光子さんも加わり、スタッフ総出であたります。洗えば洗うだけ、白く輝くせりの根っこの美しさたるや。
「地下50メートルからくみ上げた井戸水は、奥羽山脈の伏流水でミネラルが豊富。この豊富で良質な水があってこそ、おいしい三関せりができるんです」と誇らしげに話す敬悦さんですが、今冬のまれに見る少雪にはふと顔を曇らせます。(2024年1月の取材当時)
「湯沢はいつもなら冬になると1メートル以上も雪が積もる豪雪地帯。この夏と冬の寒暖差はせりの『大好物』なのよ。やはり寒い時は寒くなければダメ。それに雪解け水もいずれせりを育ててくれる水になるでしょ」
寒さも、雪の大変さも〝自然の恵み〟と言ってはばからない敬悦さんの強いまなざしに、はっとさせられた瞬間でした。
秋田県南部の郷土料理
せり蒸しを作ってもらいました
採れたての「三関せり」を使って、『羽場こうじ茶屋 くらを』の鈴木百合子さんに、秋田県南部の郷土料理である「せり蒸し」を作っていただきました。
油揚げ、しらたきを醤油ベースで炒り煮したものに、さっとゆでてから冷ましておいた「三関せり」を和えたもの。しゃきしゃきとした歯触りと香りが身上(しんじょう)です。
せりの葉も根っこも使うこの一品は、「三関せり」のおいしさを丸ごと味わうことができます。
羽場こうじ茶屋 くらを
-
大正時代に創業した麹屋『羽場こうじ店』が営むまちの食堂。歴史ある旧酒蔵を活用し、旬の食材と麹をふんだんにつかった料理を提供している。せり蒸しは季節限定。営業日と時間は、事前にInstagramで確認されることをおすすめします。
秋田県横手市増田町増田字中町64
TEL:0182-45-3710
営業時間:10:00〜16:00(定休日:火、水、木曜日)※冬季休業あり
https://www.instagram.com/kurawo3710/
更新