私らしく。 by 再春館製薬所

フォレストガーデン富塚
小さな森づくりから学ぶ、持続可能な自然との付き合い方

story ストーリー| # # # #

ストーリー

酷暑や豪雨、食料危機が日常となりつつある昨今。そんななか、持続可能な環境や暮らしを取り戻そうと、郊外の街で「食べられる森」づくりを始めた人たちがいます。森を観察するうちに見えてきた「自然との新たな共存のかたち」とは。自然と向き合う日々がもたらしたポジティブな「内面の変化」についても教えていただきました。

ショッピングモールやチェーン店が国道沿いに建ち並び、住宅や田畑、工場などが点在する地方都市郊外の風景。静岡県浜松市にある「フォレストガーデン富塚」も、そんな典型的な郊外の一角にあります。

大自然の中でも都市でもない場所で、2015年から管理が難しくなっていた山林と農地を借り受け、一本ずつ木を植え始めた大村淳さんと川村若菜さん。スコップが入らないほど硬くなっていた荒れ地で「食べられる森」をつくり始めて、今年で10年目を迎えました。

1年目のフォレストガーデン。草もほとんど生えないカチコチの土地に、土壌改良に役立つマメ科の樹木を中心に、50種ほどの植物を植えました。
3年後。樹木がすくすくと育ち、土地全体に山菜やハーブ類が茂るように。隣接する林にすむ動物たちが行き来する姿も見られるようになりました。
6年後には、120種のさまざまな「食べられる植物」が茂り、季節ごとに収穫を楽しめるようになりました。

2人の本業は、パーマカルチャーデザイナー。パーマカルチャーとは、自然の営みを中心にあらゆる生き物と自然が持続的に“生かし合える”共栄的な関係性を生み出すためのデザイン手法です。1970年代にオーストラリアで提唱され、世界各国の都市〜山農村までさまざまな場所で実施されています。

実は「食べられる森(フォレストガーデン)」と呼ばれる手法も、その一つ。2人は各地で庭の施工などをおこないながら、実験的な実践の場として「フォレストガーデン富塚」を育ててきました。

入口に立つパーゴラには、もうすぐ食べ頃のブドウが実る。

「食べられる森……耳慣れない言葉かもしれませんね。菜園を森のように立体的かつ高密度にすることで、人間があまり手をかけなくても“自然に育ち、収穫できる”ようにデザインする手法です」

人間以外の力を借りて
実りを分かち合う森

10年目を迎える森の木々は、いまや人間の背以上に伸び、地面には色とりどりの「食べられる」植物がびっしりと茂っています。案内する川村さんも、植物の成長に気づくたび、思わず声が弾みます。

「いまはちょうどベリー類が食べ頃です。ラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリー……、あちらの木にはスモモが色づいてきました。カボチャもいよいよ花を咲かせましたよ」

1年目には50種ほどしかなかった植物は、いまでは200種以上に増えました。樹木に野菜、果物やキノコ、ハーブなど、多種多様な植物を一つの場所で育てるのが、フォレストガーデンの基本です。

例えば、樹木の高低差をデザインして光を調整し、狭い敷地内でも日なた・日陰の植物を共存させる。深い根を張るタンポポを植えて、土中の栄養素を循環させる。トマトとバジルのようなコンパニオンプランツを混植して病害虫を防ぎ、成長を促す。強い日差しが差し込む場所にゴーヤを植え、周辺に“緑のカーテン”を張りめぐらせる……。

「力を借りるのは、植物だけではありません。蜜の多い花を植えると、ハチやアブがやってきます。彼らは受粉を促すので、人工授粉の手間が省けるんですよ。肉食の昆虫は害虫の芋虫や毛虫を適度に食べてくれるので、殺虫剤や農薬を使わずに済みます」

やがて昆虫を食べる鳥や小動物が森を訪れ、小動物を食べる獣が現れ……、こんなふうに森に新たな命の連鎖が生まれ、絶妙なバランスの生態系を保つ「食べられる森」へと成長を遂げていくのだそうです。

「一つの作物だけを育てる畑は、病害虫や災害で全滅することがあります。でも、森が一度に枯れることはありません。数年前に壊滅的な台風被害にあった時も、地中のジャガイモなどは無事でしたから」

「食べられる森」での人間の役割は、自然界にある循環を読み解き、生き物同士が助け合える仕組みをつくること。「駆除対象」だったはずの雑草や虫、獣たちの力をも借りて“生かし合う”のが、パーマカルチャーの目指すところです。

「もちろんこの森は、人と人をもつないでくれるんです。森で採れた野菜をシェアすることで地元の方と交流が生まれたり、ピザパーティーを催すなど、人が集まる場所としても森が機能しています。これも森の“恵み”の一つです」

受粉を促す昆虫のために廃材でつくった「インセクトハウス」。昆虫が羽を休めたり、卵を産む場所になる。

環境変化の対応策は
「変化し続ける」デザイン

大村さんと川村さんにとって、昨今の気候変動は人ごとではありません。年間を通し日照時間が長く、風も強い浜松。これまでも雨水の活用を積極的におこなってきましたが、ここ数年で経験した干ばつや台風、豪雨をきっかけに、新たに「池」をつくり始めたそうです。

自ら穴を掘り、小さな九つの池を作成。現在、より適した土や深さを検討するため、雨水のたまり具合などを実験中とのこと。

雨どいで雨水を集め、高低差を生かして用途別に使い分けられる雨水タンク。イラストレーターでもある川村さんのペイントがかわいい。

「小さな池ですが、豪雨の時は洪水を防ぎ、干ばつ時には水がめとなる。平時でも、水の気化熱の影響で気温が下がり、水辺を好む植物や動物が現れたり、とよい影響が見られました。温暖化などの地球規模の課題を前に、僕らの小さな活動がどれだけ意味をなすかはわかりません。でも、少なくとも郊外の片隅にあるこの場所は、以前より涼しく、豊かになったんです」

「この土地の再生と世界の問題は、きっと地続きだ」と大村さん。個人が起こせる変化は小さくても、人と自然との距離を各自が縮めていけば、いずれは大きな変化となるはず、と目を輝かせます。

森に池ができたことで、水生植物やトンボ、カエルなど、森の仲間がさらに増えた。

自然と共にある暮らしが
もたらした新たな感覚

自然を相手に仕事をするうちに、ものごとの捉え方に大きな変化が起きたと2人は口をそろえます。

「数年不作だったブドウが、突然実を付けたりするのが当たり前の日常で、待つことや想定外のことに寛容になれた気がします。森が大きくなるには10年、20年と時間がかかりますからね。最近は『梅雨休暇』を取ったり、夏季は早朝と夕方のみを作業時間としたり。私たちの生活リズムも、森の動物に近づいているみたいです(笑)」

古代エジプト時代からあるという、自動水供給システム「オラ」。素焼きの鉢や空き瓶など、既にあるものを最大限に活用する。

森づくりを始めた頃は、なにごとも“コントロールしたい”という欲求から抜け出せなかったと回想します。

「ある種、現代病かもしれませんね。他者も自然もコントロールできるという錯覚から抜け出せないでいた。でも、森と共に歩んでいるうちに気づいたんです。こちらが自然に合わせたほうが、ずっと無理がないって。人間も自然の一部だと実感できてからは、すごく気がラクに、自由になれた気がします」

自然と暮らしを同調させるほどに自然の観察技術は上がり、なにげない景色から読み取れることも増えたそう。

森の土でつくったピザ窯やかまど。火をおこす薪も、森の恵みの一つ。

「それまで見えてなかったものが可視化された感覚で、ちょっと散歩するだけでも発見だらけ。この土地に根ざし、動物や植物たちと“一緒に暮らす”感覚は、心を落ち着かせてくれます。この森では、生き物が共に食べ物を分かち合います。敵対関係ではなく、好敵手=ライバル関係のような不思議なつながり合いがあるんです。彼らに負けず、僕らもしっかり生きないと(笑)」

“郊外でも森づくりはできる”という新たなロールモデルをつくるとともに、「Permaculture Design Lab.」では室内やベランダなど、一人一人の環境に合った「小さなフォレストガーデンのつくり方」を伝える講座もおこなっています。

その場にあるものを最大限に生かしてつくるのが、パーマカルチャーの神髄。住む家の庭やベランダが“荒れ地”であるならば、試しにいくつかの果樹やハーブの鉢植えを置いてみてはいかがでしょう。植物が実りを結ぶ頃には、なにげない風景が意味を持って語り出し、毎日がゆったりと、よりカラフルに輝くかもしれません。

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フォレストガーデン富塚

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パーマカルチャー技法の一つ、フォレストガーデン(食べられる森)の実践場。大村淳さん、川村若菜さん、庄司正昭さんの3名が主宰する「Permaculture Design Lab.」が運営。月に1度、不定期でおこなう「フォレストガーデン半日ツアー」では、実際のフィールドを回りながら食べられる森のデザインや世界観を見学できる。詳細はWEBサイトにてご確認ください。