驚いたのは、水、ではなく、「岩が果樹を育てるんだよ」という言葉でした。
鹿児島県の離島・屋久島でグアバを育てる山田洋文さんと末梨(まり)さん。
ご夫婦で方々(ほうぼう)旅をしながら定住の地を探していく中、決心したのがこの島でした。
黒潮が流れる暖かい海。山や雲や、木々の葉の色や、鳥のさえずりが毎朝変化する豊かな風景。そして、お互いを縛り合わないおおらかさ。2人の生活リズムを尊重できる土地だと感じたそうです。
「大地に向き合ってみたかったんです。訪ねてみると屋久島に、強い地力を感じてね。ならば開墾から始めて、自力で生きてみるぞ、と」
最初はミカン畑を譲り受けて、半農半漁の生活を始めますが、「昔から屋久島に根付いていて、人が手を加えずとも育つ果樹」を探し、夫婦で植えたのがグアバとパパイヤでした。
手を加えず=ほったらかし、というわけではありません。実際は深い洞察と分析、ひらめきと肉体労働など積み重ねが必要です。
しかし、根本は「地力と果樹の本能に任せるのが一番」という考え方でした。二十数年来、無農薬・無化学肥料を基本に栽培を続ける山田さん。
グアバの葉を天日と機械で乾燥させたグアバ茶は、質の高さとおいしさで知られ、乾燥葉から専門家が抽出したエキスはドモホルンリンクルなどの製品に用いられています。
屋久島の巨木が育つ
二つの理由
屋久島といえば、屋久杉と呼ばれる巨木群が有名ですよね。なぜこの島では、1500年も生き続け、幹の周囲が畳6畳よりも大きな巨木が育つのでしょうか。
山田さんに尋ねると、まず「屋久島はシルクハットのような地形なんです」と返ってきました。
島のほぼ真ん中に、九州で最も標高が高い宮之浦岳(みやのうらだけ)をはじめ、険峻(けんしゅん)な山々がそびえています。これは、およそ1550万年前に海底の奥深くから上昇してきたマグマが、冷えて固まって花崗( かこう )岩となり、それが隆起して、地上に姿を現したもの。ハットのつばの部分、つまり平地は極めて狭いのです。
屋久島のもう一つの特徴が雨量の多さです。
東京や大阪の年間雨量は1500~2000㎜ですが、屋久島は平地でその約2倍、山岳地では4~5倍もの雨が降ります。であれば、栽培にはやはり水が決め手なのでは? と思うのですが、島のほとんどが花崗岩の岩層でできているため、降った雨水は地中に浸透せず、岩層を滑るようにして海へと流れていくのだそうです。
「浸透しないから、屋久島の水はミネラルが少なくて、超軟水。野菜を育てるのは難しいんです。でもね、根を深く伸ばす木は、岩を抱えるようにして、岩からミネラルを吸収するんです。自然の力、木の自力です」
そう。これが、岩が果樹を育てるという答えだったのでした。
島の人たちに伝わる
グアバ茶の効能
現在、3カ所の開墾地でグアバを栽培している山田さん。疲れた時は畑で実を食べるそうです。ビタミンCはレモンの2~3倍。「屋久島では昔から家ごとに1本、グアバの木があるんです。島の人は、血糖値が高いのならグアバ茶を飲めって口癖のように言うんですよ」と末梨さん。
食後に常飲する方が多いわけですね。お二人が育てたグアバ茶をいただくと、なんとも青々しい葉の力を感じます。一方で後口はすっきりとして、爽やかな香りが広がります。やかんには丸のままの葉っぱが入っていました。
「細断するとかびが生えやすいんですが、丸のままだと息をしているかのように3年もつんです」
山田さんに紹介されて、島の西側にある大川(おおこ)の滝にも行ってみました。2日前まで大雨が降り、花崗岩の急斜面を驚く勢いで水が流れ落ちています。
千尋(せんぴろ)の滝も同じように、濃い緑が覆う森を抜けると巨大な花崗岩の峡谷(きょうこく)が現れました。周囲の木々の根っこは、タコの足のように地上にうねり、見事に岩を抱きかかえています。
「生きていくために、木が自力で根を張るんだね」という山田さんの言葉を思い出す、生命力あふれる森でした。
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