異国情緒ある街並みが残る横浜・元町。ここに、全国からファンが訪れる一軒の店があります。飯島都陽子さんが営む「GREEN THUMB(グリーンサム)」です。
店の説明文には、こう記されています。
「グリーンサムは1985年、横浜元町に創業したハーブと魔女の専門店です。生活のあらゆる面で役立つハーブを知り、魔女のように愉快でパワフルに、美しく生きることを提案します」
自分の心に正直でいるために
私が魔女でいる理由。
幼いころから、魔女に憧れてきたという飯島さん。
「いつも図書館で本を読んでいました。アンデルセンやグリム童話に出てくる、少し怖くて、でも知恵と力を持った魔女に強くひかれて。将来はお姫さまじゃなく、魔女になりたいと本気で思っていましたね」
小学3年生のある雪の日には、「メリー・ポピンズみたいに空を飛べるかも」と、傘を手に屋根から飛び降りたこともあります。
「幸い、雪のおかげでけがはしませんでしたが、魔法で飛べなかったことが悔しくて。傘が壊れたことより、そっちのほうがショック(苦笑)」
現実と物語のあいだを自由に行き来しながら育った飯島さんは、美大へ進学。卒業後はテキスタイルデザイナーとして働き始めます。
点と点がつながった
「これって、人生のテーマかも」
時は1970年代。仕事でヨーロッパを訪れる機会の多かった飯島さんは、ある時イギリスで、忘れられない出合いがありました。
「ロンドンのお店で、初めて実物のカモミールティーを見たんです。『ピーターラビットに登場するお茶だ!』って大興奮して。当時の日本では、ハーブはまだほとんど知られていませんでしたし、私にとっても物語の中の存在でした」
日本に持ち帰り、毎日飲み続けてみたところ、「とびきりおいしいわけではないけれど、なんだか体の調子がいい」。その魔法のような小さな変化に、未知なる薬草への好奇心がますます膨らみました。
海外出張のたびにハーブの本を買い集め、辞書を片手に読み解く日々。そんな中で、ある一文に出合います。
「かつて魔女はハーブを使い、人々の健康に寄与していた」。
魔女とハーブ。これって、私の人生のテーマかも──。幼いころから好きだった物語の要素が、一本の線でつながった瞬間でした。
心の声に従えば、
自分だけの道が開ける
当時、日本ではラベンダーの香りすら知らない人がほとんど。
「誰もハーブなんて知らないのに、ましてや魔女の店なんて無謀すぎる」と、周囲からは猛反対されました。それでも飯島さんは、気持ちを抑え切れません。
「人生は選択の連続。迷った時は、いつも『もし魔女だったらどうする?』と自分に問いかけてみるんです。周りの評価や常識から外れるのは勇気がいりますが、『魔女なら、これくらいやる』と腹をくくると、一歩踏み出せたんです」
1985年、直感と好奇心を頼りに「ハーブと魔女の専門店」をオープン。周囲の予想に反し、子どもからご年配の方まで、幅広い世代が訪れる店となりました。
「『本当は魔女になりたかった』って、皆さん楽しそうに話してくださるんです。魔女は、誰かの正解をなぞる存在ではありません。自分の真の心に問い続ける、その姿勢こそが魔女に近づく方法だとお伝えしています」
無心に手を動かす時間は
自分と向き合う「魔女修行」
創業以来の看板商品が、飯島さん手製の「魔女人形」です。魔女人形とは、中世時代からヨーロッパ全域で受け継がれる、邪気払いのお守り。ヨーロッパ各地で目にした魔女人形の記憶と、テキスタイルの知識を生かし、店の2階の工房で一体ずつ制作しています。
自然のリズムを熟知し、薬草の知恵で人々の健康を支えてきた魔女は、かつて暮らしを守る存在でもありました。
「だから欧米では、お守りとして魔女人形を飾る風習があったんですね」
「なにごとも買うだけじゃなく、自分でつくってみることも魔女修行。一品だけでもいいので料理したり、感じたことを日記に綴(つづ)ってみたり......。心に響いたものを形にし、無心に手を動かす時間は、自分の心と向き合う時間でもあります。つくる時間がもたらすものは大きく、損得では語りきれません」
ゼロから何かを生み出す力や、独創的な表現もまた、一種の魔法なのかもしれません。
現実から5センチ、
浮かび上がる魔法。
80歳を過ぎたいまも、飯島さんは学ぶこととおしゃれを楽しみ、自然体で店に立ち続けています。
「毎日、体調に合わせてハーブティーを飲んでいます。『もう年だから』と諦めず、行きたい場所に行き、見たいものを見る。自分の気持ちを後回しにしないことが、元気の秘訣(ひけつ)といえるかもしれませんね」
最近、接客をしていて気がかりなことがあるといいます。
「昔に比べて、若い方がとても疲れてるように感じます。不眠に悩む方も多いですね。もちろんハーブの知識を生かして、症状に合うお茶をおすすめすることもありますが......魔女のように、自分の光も闇も受け止めて、たまには怠けたり、わがままになっていいんです」
飯島さんは、日常から少し離れて空想の世界で遊ぶことを「心の箒(ほうき)を持つ」と表現します。
「地面を這いずり回るより、魔法の箒を使って5センチ浮かんでるほうが、きっとラクでしょう。物語や空想は、現実に押しつぶされそうな心を解き放ってくれます。目に見えるものだけでなく、見えない世界を信じる豊かさを、これからも伝えていきたいですね」
グリーンサム ハーブと魔女グッズの専門店
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1985年横浜・元町で開業したハーブと魔女の専門店。台所の守り神である手作りの魔女人形「キッチンウィッチ®」や、オリジナルブレンドのハーブティーや紅茶、ハーブでつくられたフレグランス製品がそろう。
文:藤田三瑚 写真:松本のりこ
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