私らしく。

おやつ、みたいなもの#04

吉本ばななさん
ふさぎこんだ心を
晴らしてくれるもの

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

天気が変わるとき

ものすごく辛いものを食べたときに、ビールや水では決してそのひりひり感は癒せない。いちばんいいのは牛乳とかヨーグルトなのだ。いろいろ化学的な理由はあるのだけれど、実感の前には全てが吹き飛んでしまう。
逃げ場のない辛さ、水を飲んでもますます辛い。そんなときにヨーグルトを食べると、全てがふわっと丸くなるあの感じが全てだと思う。

それとすごく似た感じのことがある。何日もじめじめした雨が続いてどんよりした灰色の空を見上げるのにもすっかり慣れてしまったとき、人はそれをなるべく感じまいとする。天気が悪くても出かけないわけにはいかないし、やりすごそう、家に帰ってなるべく外のことは考えないで過ごそう、そんなふうに。

でも、朝起きて、空が晴れていて、全てが光り輝いていて、木々にしたたる昨夜の雨粒が透明に光っていたりすると、人の心はいっぺんに明るく変わる。
まるで、昨日までふさぎこんでいたことが夢だったかのように、悩みごとまでいったん消えてしまう。どんなに自分の心が天気に支配されているのか、気づく瞬間でもある。
道ゆく人もみなどことなく楽しそうで、傘がないぶん少しだけ身軽になり足取りも軽い。
それは理屈抜きに誰もが受け取ることができる、地球に生きていることの実感みたいなものなんだと思う。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
写真はハワイ島での雨上がりの朝。
揺れる葉のなかに、光の粒がキラキラ輝いていました。

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