天気が変わるとき
ものすごく辛いものを食べたときに、ビールや水では決してそのひりひり感は癒せない。いちばんいいのは牛乳とかヨーグルトなのだ。いろいろ化学的な理由はあるのだけれど、実感の前には全てが吹き飛んでしまう。
逃げ場のない辛さ、水を飲んでもますます辛い。そんなときにヨーグルトを食べると、全てがふわっと丸くなるあの感じが全てだと思う。
それとすごく似た感じのことがある。何日もじめじめした雨が続いてどんよりした灰色の空を見上げるのにもすっかり慣れてしまったとき、人はそれをなるべく感じまいとする。天気が悪くても出かけないわけにはいかないし、やりすごそう、家に帰ってなるべく外のことは考えないで過ごそう、そんなふうに。
でも、朝起きて、空が晴れていて、全てが光り輝いていて、木々にしたたる昨夜の雨粒が透明に光っていたりすると、人の心はいっぺんに明るく変わる。
まるで、昨日までふさぎこんでいたことが夢だったかのように、悩みごとまでいったん消えてしまう。どんなに自分の心が天気に支配されているのか、気づく瞬間でもある。
道ゆく人もみなどことなく楽しそうで、傘がないぶん少しだけ身軽になり足取りも軽い。
それは理屈抜きに誰もが受け取ることができる、地球に生きていることの実感みたいなものなんだと思う。
写真:砂原 文
本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
写真はハワイ島での雨上がりの朝。
揺れる葉のなかに、光の粒がキラキラ輝いていました。
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