私らしく。

おやつ、みたいなもの#07

吉本ばななさん
海の景色と
コーヒーの味

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

静かなひととき

大きな会社の社長さんといっしょに地方の大学で講演をする機会があった。
私はお客さんが早く来てしまうとあたふたするタイプなので、会場入りなどはだいたい十分前くらいをイメージしている。でもその社長さんは基本三十分前には現地に着くように動く。さすがだなと思った。
決してまねはできないけれど...。
だから空港集合も、途中の待ち合わせも、チェックインしてから会食に出かけるまでの待ち合わせも、全て彼は三十分前に動いていた。それを徹底して何十年もやる人だから成功するのだなと納得した。派手ではないそういうことの積み重ねが信頼につながり、やがて大きな仕事を任されるのだろう。

翌日は朝ごはんをうちのスタッフもいっしょに少人数で食べた。ビュッフェで名物料理をちょっとずついただき、ホテルの庭から海を眺めながらコーヒーを飲んだ。
「ほんとうにいい時間だ、こんな時間のために、生きているのかもしれないなあ」
と彼は言った。
私も決してひまな人生ではないが、彼のように分刻みでスケジュールが入っているタイプの忙しさの人にとって、それは心からの言葉なのだろう。
その景色とコーヒーの味が彼の魂にしみこんでいる様子が伝わってきて、人生にはそんな小休止が必要なのだと感じた。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
モロカイ島での、雲間から見える一筋の光。
良き出来事が起こるような予感に溢れていました。

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