静かなひととき
大きな会社の社長さんといっしょに地方の大学で講演をする機会があった。
私はお客さんが早く来てしまうとあたふたするタイプなので、会場入りなどはだいたい十分前くらいをイメージしている。でもその社長さんは基本三十分前には現地に着くように動く。さすがだなと思った。
決してまねはできないけれど...。
だから空港集合も、途中の待ち合わせも、チェックインしてから会食に出かけるまでの待ち合わせも、全て彼は三十分前に動いていた。それを徹底して何十年もやる人だから成功するのだなと納得した。派手ではないそういうことの積み重ねが信頼につながり、やがて大きな仕事を任されるのだろう。
翌日は朝ごはんをうちのスタッフもいっしょに少人数で食べた。ビュッフェで名物料理をちょっとずついただき、ホテルの庭から海を眺めながらコーヒーを飲んだ。
「ほんとうにいい時間だ、こんな時間のために、生きているのかもしれないなあ」
と彼は言った。
私も決してひまな人生ではないが、彼のように分刻みでスケジュールが入っているタイプの忙しさの人にとって、それは心からの言葉なのだろう。
その景色とコーヒーの味が彼の魂にしみこんでいる様子が伝わってきて、人生にはそんな小休止が必要なのだと感じた。
写真:砂原 文
本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
モロカイ島での、雲間から見える一筋の光。
良き出来事が起こるような予感に溢れていました。
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