私らしく。

おやつ、みたいなもの#08

吉本ばななさん
懐かしい
イタリアレモンの苦味

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

レモンの苦味

イタリアの南のほうに行くと、リモンチェッロという食後酒がひんぱんに出てくる。レモンの皮と砂糖でできているそのお酒はアルコール度数も高くすごく甘いけれど、奥の方に心地よい苦味があり、消化によいそうだ。
たいていは自家製で、その家特有のレシピで作られている。レモンの皮の剥き方、皮の裏の白いところをどのくらい入れるか、砂糖の量、どのくらい発酵させるか、家によって違うという。
ちょうど日本における梅酒みたいな感じなのだろうか。
満腹になってしまいデザートを食べられなくなっている私に、ちびちび飲むそのお酒の甘味はすごくいいものだった。
あのお酒のことを思い出すと、少し酔ってホテルまで歩く道の美しさが思い出される。

よく行く近所のピッツェリアにリモンチェッロがあったので、昨今なかなかイタリアに行けないから、懐かしく思って食後に頼んでみた。
ひとくち飲んだら、ものすごく苦くて違う味がした。奥のほうにレモンを感じないわけではないけれど、おかしいなと思ってグラスを置いた。すると店の奥から店の人がすごい勢いで走ってきて「お客さま飲まないでください、そのビン、長く置きすぎてアルコール度数がとんでもないことになっていました!」と言った。
新しくてちゃんとおいしいのをすぐ開けてくれたけれど、日本ではそのくらいオーダーが少ないのか、と淋しく思った。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
写真は、ヨーロッパのマーケットでのワンシーン。
野生み溢れるレモンは豊かな香りがしました。

更新