私らしく。

おやつ、みたいなもの#09

吉本ばななさん
よみがえる
甘食の記憶

column 心のおやつ| # # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

甘食

おやつとして常備されているものとして、私の実家には甘食というものがあった。
パンと鈴カステラの中間のような感触の素朴な味なのだが、父が散歩がてらいつも立ち寄る上野の店で買ってきていた。
今はそのお菓子屋さんもたたんでしまい、ビルの名前だけに屋号が残っている。
前を通ると胸がきゅんとする。ピンク色の模様が入った袋に縦に六個くらい入っていたあの甘食の味がよみがえってくるから。
おやつにしては重すぎて、食事と思うと軽すぎる食べものだったから、深夜とか早朝とか、不思議な時間に食べることが多かったような気がする。

後年それを別の店で発見し、「これはあの店がつけた名前ではなくて、この食べもの全般を表しているメジャーなものだったのか」と驚いた。
それで買ってみたら、ほとんど味は同じで懐かしくてしかたなかった。
机の上に食べかけを置いて洗濯ものを取りこみに行ったら、当時いっしょに暮らしていた大型犬が立ち上がって私の甘食を食べていた。
出しなさい、と言っても、意地になって口の中に入れていたから、ほっぺたがリスみたいにふくらんでかわいかった。結局それはしかたなくあげてしまったけれど、その犬がこの世にいない今となっては、ほっぺたをふくらませて甘食を取られまいとしていた様子が甘く思い出される。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
久しぶりに食べた甘食。
こどもの頃のゆっくりした時間の流れを懐かく思い出しました。

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