前菜
いいワインをいただいたりしたとき、家で数人で飲もうというようなことになり、おつまみを買いに行くことがある。
そんなときはいつも、ごはんをしっかり作るために材料を買うよりもずっとわくわくする。
チーズとか、ナチョスとか、ナッツ類とかを、少しずつたくさん選ぶ。ふだんだとなくなるのに何日もかかるようなものも人数がいれば楽しめるので、あえて未知の味を探す。
珍しいスパイスなどもついでに買っておく。ちょい足しするとおいしくなるものがあるからだ。
ちゃんとしたごはんは大切だけれど、前菜とかおつまみというのはただひたすら楽しい。
この世には温かい前菜もいろいろあるので、たいていの場合ちゃんとしたごはんにたどりつかないで終わってしまうことさえ。
いつか、イタリアの友人が食事に行く前に家に寄ったことがある。イタリア人は夕食の前にちょっとだけバールで集合して、乾きものを食べながら食前酒を飲むという時間をとても大切にしている。
だから乾きものとおひたしとスパークリングワインを出した。冷たいものばかりだな、と私はつい卵を焼いた。
卵をちょっと食べたイタリアの友人がはっとしたように、「このテーブルの上は、たった今、前菜を超えました」と言って、みんなで大笑いした。
写真:砂原 文
本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
写真は大好きなお店での黄昏時。
至福の味と時間で満たされました。
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