私らしく。

おやつ、みたいなもの#10

吉本ばななさん
ちょっとずつ、の
前菜マジック

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

前菜

いいワインをいただいたりしたとき、家で数人で飲もうというようなことになり、おつまみを買いに行くことがある。
そんなときはいつも、ごはんをしっかり作るために材料を買うよりもずっとわくわくする。
チーズとか、ナチョスとか、ナッツ類とかを、少しずつたくさん選ぶ。ふだんだとなくなるのに何日もかかるようなものも人数がいれば楽しめるので、あえて未知の味を探す。
珍しいスパイスなどもついでに買っておく。ちょい足しするとおいしくなるものがあるからだ。

ちゃんとしたごはんは大切だけれど、前菜とかおつまみというのはただひたすら楽しい。
この世には温かい前菜もいろいろあるので、たいていの場合ちゃんとしたごはんにたどりつかないで終わってしまうことさえ。

いつか、イタリアの友人が食事に行く前に家に寄ったことがある。イタリア人は夕食の前にちょっとだけバールで集合して、乾きものを食べながら食前酒を飲むという時間をとても大切にしている。
だから乾きものとおひたしとスパークリングワインを出した。冷たいものばかりだな、と私はつい卵を焼いた。
卵をちょっと食べたイタリアの友人がはっとしたように、「このテーブルの上は、たった今、前菜を超えました」と言って、みんなで大笑いした。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
写真は大好きなお店での黄昏時。
至福の味と時間で満たされました。

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