私らしく。

おやつ、みたいなもの#13

吉本ばななさん
コンビニで、
手に入れたもの

column 心のおやつ| # # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

優しい手

私が今の場所に越してきたとき、まだ家の前の小道と花壇が完成していなかった。
住み始めながら毎日、近所の名物おばあちゃんがいるコンビニで、花壇の工事をしてくれていた大工さんたちに差し入れを買った。
甘いものとしょっぱいものを少しずつ、飲みものも二種類、紙コップも。
私は食べるものにいろいろこだわりがあるから、これまであまりコンビニで食べものを買うことはなかった。
でも、そこでお昼休みに楽しそうにお弁当とかサンドイッチと飲みものをいっしょに選んでいる人たちを毎日見ていたら、そして「午後もお仕事ね、がんばってね!」と声をかけるおばあちゃんの笑顔に触れていたら、大事なのはこだわりではなく、そうやって人のあたたかみに触れて手に入れたものかどうかっていうことなんだな、と思った。

というのも、そのおばあちゃんが関わったものは、家に持って帰ってからも愛おしいしほんとうに元気になるのだ。
大工さんにおやつを渡すときも、「そのへんで買ってきたものです」という感じではなくもう少し誇らしい、甘い感じがする。
誰かになにかを手渡すとき、ほんの少しでもあのおばあちゃんみたいにできたらな、と思うようになった。
街には偉大な先生がひそんでいる。見逃さない自分でありたいと思う。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに写真家・砂原 文さんの写真をお届けします。
引越し後すぐに植えた庭のミモザ。
きれいに咲いて春の訪れを教えてくれています。

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