優しい手
私が今の場所に越してきたとき、まだ家の前の小道と花壇が完成していなかった。
住み始めながら毎日、近所の名物おばあちゃんがいるコンビニで、花壇の工事をしてくれていた大工さんたちに差し入れを買った。
甘いものとしょっぱいものを少しずつ、飲みものも二種類、紙コップも。
私は食べるものにいろいろこだわりがあるから、これまであまりコンビニで食べものを買うことはなかった。
でも、そこでお昼休みに楽しそうにお弁当とかサンドイッチと飲みものをいっしょに選んでいる人たちを毎日見ていたら、そして「午後もお仕事ね、がんばってね!」と声をかけるおばあちゃんの笑顔に触れていたら、大事なのはこだわりではなく、そうやって人のあたたかみに触れて手に入れたものかどうかっていうことなんだな、と思った。
というのも、そのおばあちゃんが関わったものは、家に持って帰ってからも愛おしいしほんとうに元気になるのだ。
大工さんにおやつを渡すときも、「そのへんで買ってきたものです」という感じではなくもう少し誇らしい、甘い感じがする。
誰かになにかを手渡すとき、ほんの少しでもあのおばあちゃんみたいにできたらな、と思うようになった。
街には偉大な先生がひそんでいる。見逃さない自分でありたいと思う。
写真:砂原 文
本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに写真家・砂原 文さんの写真をお届けします。
引越し後すぐに植えた庭のミモザ。
きれいに咲いて春の訪れを教えてくれています。
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