ゆず
近所に立派なゆずの木があり、そこを通るたびに見上げていたら、おうちの人が気づいてくれてしまい、毎年ゆずをくださるようになった。
青い時期と黄色くなった時期の二回、そっとうちのポストに入っている。
だから私はこの家に越してきてからゆずに困ったことはなく、冬至の日にはいつも贅沢に何個もゆずを入れてお風呂に入った。
...というか、もったいなくて捨てられず、それから一週間くらいはずっとゆずを浮かべて幸せだった。
どんな季節もそのゆずの木の姿はきれいだった。
昨年、そのおうちが建て替えをすることになり、おうちの人もなんとか残そうとがんばって、木を切る派のお父さんとけんかしたりしながら、泣きそうになりながらゆずの話をしてくれた。
でも、どうしても残せないということだった。
そんなに愛されてゆずも幸せだったと思いますよ、とお伝えした。
ある日、「これが最後のゆずです」という一筆箋に書かれたお手紙とともに、ゆずがポストではなく玄関にかけられていた。私はありがとう、と思いながら、お風呂に入れた。
いつものように。あまり感傷的にならないように。
何かが始まって、そして必ず終わる。私たち自体だってそうだ。だから思い出の中のあの木との歴史を、いつまでも大切に思っている。いい香りとともに。
写真:砂原 文
本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
ゆずの明るい黄色を見るといつも心がパッと明るくなります。
香りからも色からも元気をくれるゆずが好きです。
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