私らしく。

おやつ、みたいなもの#15

吉本ばななさん
すてきな偶然は
予期せぬところに

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

すてきな偶然

私の愛用の傘の柄の元になっている絵の展覧会があると聞き、足を運んだ。
置いてあるものみなセンスが良い小さな雑貨屋さんの中に、傘になる前の色鮮やかな図案が並んでいた。傘になったところしか見たことがなかったので、自分の傘のルーツを見たようで嬉しかった。

棚に置いてあるはちみつを見たら、昔、私の事務所で少しだけアルバイトしていた男の子の名前が書いてあった。
「あれ?この人を知ってる」と私が言うと、その雑貨屋さんの店長さんが突然、「吉本さん、私です、私が出版社にいたときお会いしてます」と、マスクを取って名乗った。私はびっくりした。もともと服や持ちもののすみずみまでセンスが良い人だったけれど、まさか雑貨屋さんをやっているとは。
そのはちみつを作っていたのは、やっぱり元バイトの子であった。なんとたまたまそのふたりは知り合いで、彼は地方に越し家族を作り養蜂をやっているという。

私はそのはちみつを買って帰った。甘くておいしかった。そうか、あの人はそんなふうに大人になっていったのだな、と嬉しく思った。昔担当してくれていた編集者さんも、そうしてセンスの良さを活かしてすばらしいお店をやっている。
いろんな人生が一瞬だけ交差して、また離れ、別の形で消息を知ること。これは人生のおまけ、かわいいおやつみたいなものだな、と思った。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
昨年の春、日本蜜蜂の引越しの日に遭遇する機会に恵まれました。
小さな奇跡の連続に大きな感動の1日でした。

更新