私らしく。

おやつ、みたいなもの#16

吉本ばななさん
変わらない
パンプディングの味

column 心のおやつ| # # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

パンプディング

いつも混んでいるその古い喫茶店の名物メニューはパンプディングだ。
プリンとフレンチトーストの間くらいの感じで、生クリームとフルーツが品よく乗っている。
その喫茶店は私の世代の憧れのまんが家さんがよくまんがに描いていることで有名で、その日は、もうすぐ東京を離れる友だちといっしょに行った。

前回そのお店で会ったとき、友だちは息子さんの結婚式の写真を見せてくれた。海辺で微笑む美しいカップル。初めて会ったとき彼は大学生だったのに、もうこんなに大人になったんだね、と話した。
数年ぶりに会った彼女にはもう孫がいた。あっという間に流れる時を、全く変わらない店内で味わうのは不思議な感じがした。そこだけ時間が止まっているみたいだった。

私たちはふたりともそのまんが家さんを知っていたので、きゃっきゃ言いながらパンプディングを食べた。そしてまんがに出てくるソフトブレンドを飲んだ。
女学生どうしみたいな感じなのに、彼女が東京を離れたら数年、あるいはもっと長い単位で会えなくなるかもしれない。このお店でまた会いましょう、と約束しても、お店がちゃんと今の形のまま続いているかどうかもわからない。
その甘さがしみてくるようで、何一つ忘れたくないと思ったのだ。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに、写真家・砂原文さんの写真をお届けします。
神宮外苑。夕暮れにこの辺りを通ると青春の想い出と重なりいつも胸がきゅんとします。

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