私らしく。

おやつ、みたいなもの#17

吉本ばななさん
もなかの
お仕事

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

もなか

ものすごく頭を回転させていろいろ考えながら、何時間もひとつのテーマについて話し、それを本にまとめるという仕事があった。
まとめるのはライターだが、まかせっきりというわけにはいかない。
「ただダラッとしゃべるだけでしょ? 簡単じゃない」と思う人もいるかもしれないのだが、本にするとなると大変なことで、一冊の分量の思想をきちんとブレなく持っていなくてはならない。

インタビューしてまとめるライターもたいへんだし、その場に立ちあってメモを取りながらいっしょに話を聞く編集者やスタッフもたいへんだし、誰もがぎゅっと集中した時間の中でそれぞれの仕事を全うしなくてはならない緊張感がその場を包んでいた。

ちょうど二時間くらい経った頃、担当の編集者が、「おやつにしましょう」と言って、いったん部屋を出て四角い小さな箱を四つ持ってきた。なんだろう? と開けてみると、自分であんこを詰めるタイプのもなかだった。
みんな黙って箱を開け、そっともなかの皮を取り出し、それぞれが慎重にあんこを乗せてそっと挟んだ。そしてもくもくと食べ始めた。
少ししてやっとみんなから、「おいしいね」「ほっとしますね」などと言葉が出てきて、すっかり気持ちも和んで笑顔になった。
こんないい仕事をしてくれるなんて、おやつってやっぱりすごい、と思った。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに写真家・砂原 文さんの写真をお届けします。
大切な方にいただいたアンティークの掛け時計。
仕事に集中してふと目を上げたらそろそろお茶の時間でした。

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