私らしく。

おやつ、みたいなもの#22

吉本ばななさん
我が家にやってきた
大きなすいか

column 心のおやつ| # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

夏の思い出

岩手に実家がある友だちが、お誕生日祝いに丸ごとのすいかを送ってくれた。
栽培者はすいか名人で、すいかができるとすぐに近所の人たちで売り切れてしまうから、東京まで回ってくることはないという。

ものすごく楽しみに待っていたら、大きくて重いすいかがやってきた。冷蔵庫に入り切らない。
とりあえず半分に切って、四分の一食べて、四分の一を冷蔵庫に入れて、あとは保冷剤で冷やして冷蔵庫の空きを待った。近年、丸ごとの大きなすいかなんて食べたことがなかったから、この感覚を忘れていた。
熊本から知人が小玉スイカを二個送ってくれたときでさえ、冷蔵庫の空きがなくてドキドキしたというのに!
しかし夏の真っ盛りだったので、私たちは驚くほどたくさんすいかを食べた。水を飲むように。そのすいかはほんとうにおいしかった。甘くてみずみずしくて、皮のきわまで味がした。名人ってほんとうにいるんだね、と家族で言い合った。

結局最後の四分の一を冷蔵庫に入れることができて、向いのお宅にもおすそ分けして、食べ切った。
夫が最後の最後に、「あ、でも、冷蔵庫に入れていても今日が限界だったと思う、だって、上のところが半透明になってて、カブト虫にあげたすいかの匂いがちょっとだけしてるもん」と言った。そんな記憶が夫婦で共有されているのもどうかと思うが、その半透明のところは確かに甘みが消えつつあった。ほんとうだね、と言いながら食べ切ったすがすがしさは格別のものだった。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに写真家・砂原 文さんの写真をお届けします。
ハワイから帰る飛行機から見た空模様。さっきまでの楽しい時間が蘇りました。

更新