私らしく。

おやつ、みたいなもの#23

吉本ばななさん
流れていくもの
消えていくもの

column 心のおやつ| # # #

心のおやつ

体や心が疲れたとき、少し立ち止まって休憩したいとき、
そんなときに読むと、ふっと心が軽くなる。
ばななさん流の「おやつ」な一皿を。

吉本ばななさん

  • note

よしもと・ばなな 1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。2022年『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『はーばーらいと』(晶文社)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

灼熱の幸せ

コロナがある程度去って、いつも行く夏の海にはまた海の家が並ぶようになった。
でも、いろいろなところが閉まったままになった町は、前よりいっそう淋しい雰囲気になっていた。
ホテルの人の入りもまだまだ戻ってきていないし、津波対策で、はるかに遠く長い浜辺は小さく区切られてしまった。
もう私の慣れ親しんだ海は帰ってこないのだな、そう思った。
しかたがない。時間は流れているのだから。なにもかも同じな場所なんて、この世にはない。いっしょに流れていくしかない。

昔は親といっしょにかき氷を食べた海の家もたたんで久しい。
それでもかき氷が食べたいね、と言って、海辺の老舗ホテルの屋台に行ったら、ちょうど閉めるところだった。
「いいよいいよ、まだかき氷作れるよ」と真っ黒に焼けたお姉さんは言った。
お姉さんの子どもたちがプールから上がってきて、なにか食べたり荷物を置いたりしていて、なんとなくカラフルな空間で、私と息子と友だちでかき氷を食べた。ゆずシロップの爽やかなかき氷は、まだまだ激しい西日でどんどん溶けていく。溶けていくから急いでジュースのように飲んで、からからの喉は癒えた。
淋しさも、懐かしさの苦しさも、変わっていく風景を嘆く気持ちも、全てがその冷たさの中に快く消えていった。

写真:砂原 文 本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに写真家・砂原 文さんの写真をお届けします。
何年か前の夏休みに海の家で娘と食べたかき氷。暑さですぐ溶けたピンクの儚い色がかわいかったです。

更新