灼熱の幸せ
コロナがある程度去って、いつも行く夏の海にはまた海の家が並ぶようになった。
でも、いろいろなところが閉まったままになった町は、前よりいっそう淋しい雰囲気になっていた。
ホテルの人の入りもまだまだ戻ってきていないし、津波対策で、はるかに遠く長い浜辺は小さく区切られてしまった。
もう私の慣れ親しんだ海は帰ってこないのだな、そう思った。
しかたがない。時間は流れているのだから。なにもかも同じな場所なんて、この世にはない。いっしょに流れていくしかない。
昔は親といっしょにかき氷を食べた海の家もたたんで久しい。
それでもかき氷が食べたいね、と言って、海辺の老舗ホテルの屋台に行ったら、ちょうど閉めるところだった。
「いいよいいよ、まだかき氷作れるよ」と真っ黒に焼けたお姉さんは言った。
お姉さんの子どもたちがプールから上がってきて、なにか食べたり荷物を置いたりしていて、なんとなくカラフルな空間で、私と息子と友だちでかき氷を食べた。ゆずシロップの爽やかなかき氷は、まだまだ激しい西日でどんどん溶けていく。溶けていくから急いでジュースのように飲んで、からからの喉は癒えた。
淋しさも、懐かしさの苦しさも、変わっていく風景を嘆く気持ちも、全てがその冷たさの中に快く消えていった。
写真:砂原 文
本連載は、吉本ばななさんのエッセイとともに写真家・砂原 文さんの写真をお届けします。
何年か前の夏休みに海の家で娘と食べたかき氷。暑さですぐ溶けたピンクの儚い色がかわいかったです。
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