私らしく。 by 再春館製薬所

この生き方に憧れる#09

山崎ナオコーラさん
受け身だって、気が弱くたっていいんだ!と勇気をもらった2冊

column 連載| # # # #

連載

物語のヒロインは「主体性を持って生きよう」、「自分で道を切り拓く」という積極的なキャラクターだけではありません。今回は「おとなしい」ヒロインたちについて、小説家・エッセイストの山崎ナオコーラさんに書いていただきました。

おとなしくても大丈夫
希望を与えてくれた雪子

谷崎潤一郎の『細雪(ささめゆき)』という長編小説が私は大好きです。初めて読んだのは高校生の頃で、それから何度も読み返してきました。

『細雪』は、4姉妹の三女・雪子というヒロインがお見合いを繰り返す物語です。結婚の話は何年も進まず、「娘」のように暮らし続けます。

雪子は30歳を過ぎても恥ずかしがり屋で、人前でほとんど話ができません。お見合い相手から電話がかかってきたら、「あのう......、そのう......」と繰り返すだけで会話を続けられず、そのお見合いはダメになってしまいます。

姉や妹がヤキモキして雪子の結婚の世話をしようと奔走しますが、雪子自身はどこ吹く風で、家の中で本を読んだり、家事をしたりしているだけです。

私が高校生だったのは30年も前で、当時は女性の権利が叫ばれ始めた頃で、小説やテレビドラマは、「女性も主体性を持って生きよう!」「自分で道を切り拓こう!」という物語が多かったです。もちろん、主体性を持つこと、自分で道を切り拓くことは素晴らしいです。
問題は、私がそういうキャラクターではないことでした。

私は人前で話ができず、自分で決められず、常におどおどして、自信のない高校生でした。そんな私が「主体性を持って生きよう!」系の物語に出くわすと、自分とかけ離れたヒロインにあてられ、シュンと落ち込みました。

だから、『細雪』を読んだ時に、「え? 全然しゃべらなくて、自分から動かなくて、結婚も仕事もしない人が、主人公を張れるんだ?」と驚きました。希望を感じました。こういう人でも、主人公になれるんだ!

しゃべらなくても個性が際立つ
『源氏物語』のヒロインたち

実は、おとなしいヒロインが活躍する物語は、日本に古くからありました。谷崎が『細雪』を執筆したのは、『源氏物語』現代語訳を終えた直後です。そのため、『細雪』は『源氏物語』の影響を強く受けているといわれています。

『源氏物語』にも、受け身でおとなしいヒロインが多く出てきます。おとなしいどころかお姫さまたちは、ほとんどしゃべりません。恋愛も、相手任せです。それでも、静かな個性、おとなしい中での明るさ、着物や花や季節の好み、キャラクターが匂い立ちます。

私は『源氏物語』の中では、浮舟というヒロインが一番好きです。
浮舟は、第3部の「宇治十帖」と呼ばれる物語に登場し、『源氏物語』ラストのヒロインを務めます。浮舟は、「人形」と形容されるように、姉に似ているという理由だけで薫(第3部の主人公)から愛されます。
はきはきしたところのない、会話や歌や楽器もそれほどうまくない、ぼんやりしたキャラクターとして登場します。

恋愛に翻弄(ほんろう)されたあと、浮舟は川に身を投げます。
いや、身を投げるなんてよくない、悲しいことです。ただ、当時のお姫さまは、恋愛の拒否が困難でした。母親や女房たちの経済が自分の恋愛にかかっているのです。ともあれ、その身投げは失敗し、川岸に打ち上げられたところをお坊さんに助けられました。

その後、浮舟は出家を決心します。それがかっこいいのです。それまではぼんやりしていた浮舟が、恋愛をやめる決断をし、以降はブレません。
浮舟が出家したところで、『源氏物語』の長い長いストーリーは、シュッと終わります。
『細雪』の雪子も、おとなしいのに、実は自分の思いは通すタイプです。どうしても嫌なお見合いはうまく断ってしまい、妹に対しても的確なタイミングで意見を言います。

そう、おとなしくてもいいんです。私は、性別によって道が狭まったり、権利が蝕(むしば)まれたりすることに、もちろん反対です。

でも、だからといって、主体性のある強い人間にはなれません。自分の性格のまま、嫌なことには抵抗し、こっそりやんわり意見を通せばいいのです。

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山崎ナオコーラさん

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やまざき・なおこーら 1978年生まれ。「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書く」が目標。最新刊『あきらめる』(小学館)には、「あきらめる」の古語「あきらむ」はそもそも「物事をよく見る」「心の中を明かす」の意味だった──と気になる一節も。現代社会の中で源氏物語を楽しもうと書かれた『ミライの源氏物語』(淡交社)でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。エッセイに『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)、『かわいい夫』(夏葉社)など。