私らしく。 by 再春館製薬所

要一郎さんのほんのり脱力術#03

麻生要一郎さん
旅のスケジュールを全て友人に委ねてみたら

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連載

頑張りすぎもよくないのにな——。頭ではわかっていても、つい欲張ったり、肩に力が入ったりしがちですよね。心にほんの少しの余裕があれば、自分にも周囲にも優しくできるのかもしれません。おだやかなまなざしで日々の生活を楽しんでいらっしゃる人気の料理家・執筆家・麻生要一郎さんに、脱力のヒントを教えていただきます。

料理家・執筆家の麻生要一郎と申します。
皆さんの忙しい日々に、ほんの少し力が抜けるようなエッセイを毎月お届けしていきたいと思っています。

今回は、旅についての話です。

若い頃はどこかへ旅に出ると決まったら、まず本屋さんでガイドブックを選び、それから旅先について記された雑誌の記事をスクラップ。
さらに誰かから教えてもらったお店を地図上にメモして、旅の準備をした。そこに費やす時間は、旅をしている時と同じくらい楽しいものだった。

いつしかそれは行きたい場所の情報を検索して、スマートフォンのマップにピンを立てる行為に移り変わった。わざわざ地図を用意しなくてもいい。
それでもアナログな僕は手帳にメモするけれど、以前のような旅の準備に対する熱量は減ってしまったような気がする。

旅と言いながらも、仕事や取材を兼ねての機会も増えた。アテンドしてくれる人がいれば、その中に自分の行きたいお店を差し込んでもらって楽をしている。

旅先で必ず立ち寄るのは、地元のスーパー。物流も行き渡って、いまや基本的な品ぞろえはどこへ行っても変わらないが、地元だけで売っているものを見つけるのは楽しい。

それから、パン屋。愛猫チョビは、毎朝、僕が朝食を食べていると必ずパンをチェック。特にクロワッサンには目がなくて、小さくちぎってあげるとおいしそうに食べる。

旅に出かける時、恨めしそうに見送るチョビに「帰ってきたら一緒にクロワッサン食べようね」と約束して出かけるから、旅先のパン屋でクロワッサンを買って帰るのが習慣。

先日、家族のような友人ささやんの出身地である札幌を2人で旅した。今回は、ささやんの思い出の場所をめぐる旅がテーマ。「行く店は任せてください」と言うので、本当に何も考えることなくついて行った。

家から空港まで車で連れて行ってくれて、現地のレンタカー手配までしていてくれたから、僕は自動的に札幌に到着。普段なら調べたり、食材を買いに寄ったりする地元のスーパーの情報やパン屋も検索すらしなかった。

時々、気を使って「どこか寄りたいお店とかないですか?」と言われても、思いつかないほど安心しきっていた。

初日、札幌に居合わせた別な友人と一緒に、ジンギスカンを食べに行った。久しぶりにビールも飲んで、楽しい夜だった。

ささやんが若い頃、飲みに出かけた帰りの〆に寄っていた深夜営業のそば屋があるというので、雪道を歩いて2次会に出かけた。
そば屋に入って、彼一押しの温かい「たぬきそば」を頼む。焼酎のそば湯割りを飲んでいると、向かいの席では、千鳥足の見本のようなおじいさんがそばをすすっていた。

3人でたぬきそばを食べながら、老舗そば屋の木枠の窓から雪がちらつく外の景色を見ていた。それは、まるでタイムスリップしたかのように、十数年前にささやんが札幌で暮らしていた時に眺めた景色のように僕は感じていた。

結局、2泊3日の最後まで、行く店も頼むメニューも全部委ねて甘え切って、東京の家に戻った。寒い街へ出かけたのに、何だか温かい気持ちで床に就いた。翌朝、チョビは満足そうにクロワッサンを食べた。

一緒に行く人との関係性はもちろんあるけれど、何も調べない今回の旅は、楽しくおいしく友情深まる人生で最良の旅だった。
少し飛躍すると、何でも自分で決めないといけない人生だったけれど、誰かに身を委ねるのは心地いいもの。

東京のどこかのそば屋で、ふと思い出してたぬきそばを頼んだ時、僕はあの景色を恋しく思うでしょう。旅の一番のお土産は、何よりこういう思い出なのかもしれない。

ぜひ、皆さんも、いつもとは違うちょっと力を抜いた旅に出かけてみてはいかがでしょうか。

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麻生要一郎さん

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あそう・よういちろう 1977年、茨城県水戸市生まれ。日々無理なくつくれる手軽なレシピの提案やエッセイを執筆。広いキッチンのあるスタジオでは、気の置けない友人たちを招いて食卓を囲んでいる。著書に『僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22』(オレンジページ)などがある。