野菜からもらう
「ワクワク」と「前向きさ」
全国の農家とつながり、「ピーチかぶ」や「かぼっコリー」など、たくさんのヒット野菜を世に送り出してきた小堀夏佳さん。
野菜への深い愛と知識、ユニークで精力的な活動から、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』や日本テレビ『世界一受けたい授業』などにも出演。
明るいキャラクターと軽妙な語り口で、野菜の真の姿を伝え続けています。
市場にはほとんど出回らない貴重な野菜・果実の発掘にも積極的で、たとえば『万葉集』に登場する日本最古の柑橘「大和橘(やまとたちばな)」を復活させるべく植樹された果実を使った商品の催事を企画したり、橘のパウンドケーキを商品化するなど、活動は多彩です。
バイヤーとして、ただ仕入れて売るのではなく、小堀さんが伝えたいのは野菜からもらう「ワクワク」と「前向きさ」。
「野菜は食べるだけではないんですよね。生命エネルギーというのでしょうか。私もいまはこうして元気だけれど、昔は落ち込んで泣いてばかり。自然の中で育つ野菜の力や多様性を知るうちに、指針のようなものができ、自分も野菜のようになろう、と思ったんです。いま私がこうしていられるのも、野菜と農家さんのおかげです」
種(タネ)をつなぐ
「在来種野菜」との出合い
大和橘に出合うよりも前、小堀さんが「在来種野菜」を知ったのは15年近く前でした。
仕事やプライベートで苦難が重なり、つらく、前を向けなかった頃、長崎県・雲仙で古来から受け継がれてきた野菜を、自家採種でつくり続けている岩﨑政利さんの著書に出合いました。
「日本の野菜の多くは『F1品種』と呼ばれる、おいしく食べやすいように交配、改良された一代かぎりのものです。
それに対し、自家採種で育てる『在来種野菜』は、古くからその土地で育ってきた野菜の種を採り、花を咲かせてまた種を採る、というとても手間のかかる作業の中で収穫された野菜のこと。『古来種』、『固定種』とも呼ばれています。収穫量も少なく、地方の小さな畑で、おじいちゃんおばあちゃんたちが細々と残しているような野菜です」
人の都合で改良をしていない、本来の姿のまま、ずっとその土地で受け継がれてきた野菜の存在。小堀さんはいてもたってもいられずに、岩﨑さんに会いにいき、以来15年近く、強い信頼関係で結ばれています。
この味を細胞が記憶している
手間のかかる在来種野菜の栽培をおこなっている農家は多くありませんが、岩﨑政利さんは40年も続けている、レジェンド的な存在。
どんな気持ちで栽培を続けているのか、ご本人にも聞いてみました。
「私の役目はただ、延々と100年前の植物の姿を継続していくこと。気候風土の影響から守り、手助けしながら、受け継がれた種を、変わらないように次の世代に伝えていくことです。評価されない世界だけれど、すごく価値があることだと思っています」(岩﨑さん)
こうして古くから種がつながれてきた「在来種野菜」をはじめて食べたとき、涙が出そうになったという小堀さん。
「なんともいえない懐かしさ」と「心が啓(ひら)く」ような、これまで経験したことのない感覚でした。
「いろいろな地方で在来種の農家さんと話をするうち、ある方が、『それは細胞が記憶しているからよ』と。食べたことがなくても、体の中のどこかの細胞が、昔食べたことを覚えているって。その言葉を聞いたとき、自然って、人間って、なんてすごいんだろうと」
おいしく改良されたF1品種を食べ慣れていると、在来種野菜は硬かったり苦かったり、食べ方がちょっと難しかったりするものも。それをマイナスと捉えることもできますが、小堀さんは「個性」といいます。
「アイデンティティや未来への可能性も感じるんです。在来種野菜は天気や風土、作り手との対話を経て、変化しながら後世に残る多様性や可能性を秘めている。まさに“潜在農力”。岩﨑さんのようなやさしい人と出会い、社会(風土)になじんでいった自分とも重なって」
自身の個性を変えることなく、「人の手」とともに、果てしなく長い時間を生き抜いてきた野菜の強さ、前向きさが、ぽっかり空いた心の穴に、すっと落ちていきました。
その力強さに小堀さんは前へ進む勇気をもらい、落ち込んでも立ち直れる「指針」を手に入れたのです。
食べつなぐことで種を守る
小堀さんは、在来種もF1品種も、ともに大事、野菜にも多様性があるのが理想、と考えています。
「野菜がおいしくなって、みんなが野菜を好きになったのはF1品種のおかげ。でも在来種野菜のように個性の強い野菜もあり、不揃いの規格外の野菜もあり、と幅広く食べて暮らすのが幸せなことだと思うんです」
在来種野菜が貴重なのは、誰かが種をつないでいかないと、何十年、何百年と生きてきた植物が、この世からなくなってしまうこと。
私たちが在来種野菜を食べることは、種に秘められた壮大なストーリーとロマンをつなぎ、古来からの植物の姿を次の世代へ受け継いでいくことだともいえます。
だから小堀さんは、自身が販売する野菜セットにも必ず在来種野菜を入れ、食べ方やレシピとともに、多くの人に食べてもらえる工夫をしています。
「在来種がなくなれば、野菜界に多様性がなくなってしまいます。農家さんがつくり続けることが必要ですが、そのために私たちも食べつないでいかなくてはいけないんですよね。流通量は少ないけれど、地方の道の駅やアンテナショップなどでも見つけることができるので、まずは食べてみてほしいと思います。そんな一人ひとりの力でも、多様性のある食文化を守ることに確実につながっていきます」
「野菜は植物」
凝縮された生命エネルギー
スーパーに並ぶ、食べられる部分だけを切り取られた野菜に慣れていると、私たちはその野菜がいつ、どんな花を咲かせるのかさえ知らないままに過ごしてしまいます。
でも、種を採るためには花を咲かせることが大事。
この日、岩﨑さんのにんじん畑は花の時季真っ盛りで、一面に甘い香りが漂い、ミツバチなどの昆虫たちが乱舞していました。
「野菜になると包丁で刻んだりして、人間が上になるでしょう? でも花のときは逆転ですね。人が植物を尊敬する」と岩﨑さん。
「この場所にいるだけで、とても気持ちいい。次世代の子孫を残すために花を咲かせ、生き物を集める『自然の本来の姿』に、ものすごい生命エネルギーを感じるんです」(小堀さん)
私たちは「野菜は植物」というごく当たり前のこともつい忘れがちですが、実は自然の営みが凝縮された、もっとも身近な存在のひとつ。
後編では、さらにその生命エネルギーを感じることのできる「旬野菜」の知られざる側面を、レシピも交えつつ紹介します。
photo:SHIRAKI Yoshikazu
text:MAENAKA Yoko(BEAM)
edit:JIMBO Akiko
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