私らしく。 by 再春館製薬所

仁井田本家
“自然派”の酒蔵が目指す、新しい「自給自足」のかたち

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ストーリー

おいしくて、身体にもいい。そんな魔法のような日本酒があるのをご存じですか。福島県郡山市の『仁井田本家』は、原料となる水、米、酵母にすべて地のものを使って酒を醸す、“自然派”の日本酒蔵です。江戸時代から続く昔ながらの手法と共に、地域環境の保全まで見据えた酒づくりは、「お酒離れ」といわれる若い世代からも支持を得ています。そんな酒蔵が目指す「自給自足」の営みには、次世代の担い手と300年続く土地への深い想いがありました。

次の日に"残らない"
心地よい酔いの理由

江戸時代から変わらない、自然の力で醸す伝統的な手法の日本酒が今、「サステナブル(持続可能)な酒」として注目を集めています。

そんな"古くて、新しい"日本酒を、半世紀も前からつくってきた酒蔵が、『仁井田本家』です。ここでつくられているのは、その年・その土地の味を映す"自然派"の日本酒だけ。看板銘柄の「しぜんしゅ」は、「身体にしみこむような味わい」「飲んでも次の日に残らない」と評判です。

令和3年から、日本酒づくりの工程の中で天然の乳酸菌を取り込む「生酛(きもと)づくり」に100%シフト。そのことで味が劇的に変わったという。

その始まりは、1967年に17代目・仁井田穏光(やすみつ)さんが「金寶自然酒(きんぽうしぜんしゅ)」の名で発売したことがきっかけ。それをさらにオーガニックな方向へと導いたのが、当代の18代目・穏彦さんでした。

「自然の力にゆだねる。そんな自分たちも気持ちのいい酒づくりが、結果的に人が飲んでも身体にいい日本酒になるんです」と穏彦さんはいいます。

原料は、地域の山の湧き水と井戸水、地元の土地で栽培した無農薬・無化学肥料の自然米、そして酒蔵に脈々と住みついている天然の酵母菌のみ。酒米となる稲を育てるところからこだわる仁井田の酒づくりの背景には、「この土地の田んぼを守りたい」という強い想いがあるそうです。

18代目・蔵元杜氏(くらもととうじ)の仁井田穏彦さん(右)と、女将の仁井田真樹さん(左)。

蔵がある田村町金沢(たむらまち かねざわ)は、字のごとく田んぼの町。金沢という地名は、一説には稲穂が金色に輝いて見えたことが由来だとか。さらに、地下には新旧の花崗岩層(かこうがんそう)が折り重なることで、硬水と軟水、2種類の天然水が採取できる珍しい土地だといいます。

田んぼを自然栽培にすることで土壌が豊かになり、良質な米がとれる。山をよい状態に維持することで、水は枯れることなく湧く。こうした自然の恵みは決して当たり前のものではなく、「代々この地で生きてきたご先祖さまたちが、手を入れて守ってきたからこその恩恵」と穏彦さん。

そして、この豊かな自然の循環を維持することこそ、地域の米と水を原料にする「蔵元たちのいちばんの仕事」だといいます。

青々とした山と田んぼが広がる田村町金沢地区。この地域にある60町歩(約60万㎡)の田んぼすべてを化学肥料を使わない自然田にすることが、『仁井田本家』の目標のひとつになっている。
青々とした山と田んぼが広がる田村町金沢地区。この地域にある60町歩(約60万㎡)の田んぼすべてを化学肥料を使わない自然田にすることが、『仁井田本家』の目標のひとつになっている。
蔵の入口に置かれた『自然酒』と書かれた巨大な木桶が、酒蔵を訪れる人を迎え入れる。
蔵の入口に置かれた"自然酒"と書かれた巨大な木桶が、酒蔵を訪れる人を迎え入れる。
米と水と麹を原料とする日本酒。酒づくりでは洗米、蒸し、道具の洗浄など、あらゆる工程で水が使われ、水の味が日本酒の味に直結するといわれている。
米と水と麹を原料とする日本酒。酒づくりでは洗米、蒸し、道具の洗浄など、あらゆる工程で水が使われ、水の味が日本酒の味に直結するといわれている。

山や田んぼを元気にする環境づくりが、土地のポテンシャルを引き出し、良質な素材が生まれる。そしてそれが300年続く蔵の発酵の力と相まって醸される、『仁井田本家』の日本酒。

時間も手間もかかるため、かつて廃れていったこの伝統的な酒づくりを続ける背景には、先代から受け継いだ"ある信条"がありました。

次の100年に
どんなバトンを渡すか

その信条とは、「約束を守る」こと。『仁井田本家』の社是(しゃぜ)にもなっているこの言葉について、穏彦さんはこう続けます。

「一番大事なのは、『つないでいくこと』。無農薬で嘘のない酒をつくるというお客さまとの約束を守る。それは、これから200年、300年先につながることなんです」

自らの行いによって人を裏切るようなことがあれば、次の世代の未来が変わってしまう。穏彦さんは、自身を過去300年とこれからの300年のバトンをつなぐいち走者として、「先祖から渡された豊かな環境を、できるだけよいかたちにブラッシュアップして、次の世代につなぎたい」と話します。

売店(写真奥)と事務所(手前)が入る白壁の風情ある建物。売店は予約がなくても訪れることができる。(※休業日は『仁井田本家』ホームページでご確認ください)
売店(写真奥)と事務所(手前)が入る白壁の風情ある建物。売店は予約がなくても訪れることができる。(※休業日は『仁井田本家』ホームページでご確認ください)

さらに、「たとえ今取り組んでいる酒づくりや田んぼの仕事が自分たちの代で日の目を見なくても、その先の100年、200年という大きな時間の流れの中で叶うかもしれない。そんなふうに夢が見られるのは、すごく楽しいこと」と穏彦さん。

先代から受け継いだ約束を守り、常に次の世代に何を残していくべきかを見据え、酒づくりを行う『仁井田本家』。現在のように"自然派"の酒蔵へと大きく舵を切ったのは、創業300年の節目に起きた東日本大震災がきっかけでした。

逆境が生んだ新しい循環
「自給自足の蔵」への道

東日本大震災によって発生した福島第一原発事故を境に、それまでの環境は一変。特に農作物への影響は甚大で、しかるべき検査をしているにも関わらず、町周辺の米農家さんも風評被害による深刻なダメージを受けたといいます。

「このままでは、次の世代にいいバトンを渡すことができない」

そう考えた仁井田さん夫妻は、「『自給自足の蔵』こそ、自分たちが目指すべき姿だ」と決意をかためます。

「子どもの頃、まわりの蔵人たちがいつも楽しそうに見えた」と話す穏彦さん。次世代を担う子どもたちにもそう感じてほしいと、日頃から自分たちが仕事を通して、いろんな人と関わりながら楽しむ姿を見せている。
「子どもの頃、まわりの蔵人たちがいつも楽しそうに見えた」と話す穏彦さん。次世代を担う子どもたちにもそう感じてほしいと、日頃から自分たちが仕事を通して、いろんな人と関わりながら楽しむ姿を見せている。

まず行ったのは、周辺地域で自然栽培の米づくりに励む農家さんへの訪問。食用米に比べ、酒米への風評被害は比較的少なかったため、「仁井田の酒米の契約農家になって、この窮地を一緒にしのぎませんか」と、声をかけたのだそう。

「後を継ぐ世代が安心して農業を続けられる価格を提示して、少しずつ協力してくれる契約農家さんを増やしていきました。結果、こうした農家さんがつくる米の出来はやっぱりすばらしくて。質のいい酒米によって仁井田の酒のクオリティが高まり、結果お客さまにも喜んでいただけました」と穏彦さん。

さらに、原材料の酒米に続き、酒づくりの道具を自分たちでつくる道を選びます。蔵の裏山を覆う杉林の間伐に着手し、16代目の祖父が80年前に植えた杉材を使い、小豆島の職人のもとでノウハウを学び、木桶づくりを始めました。

農家さんと一緒に取り組み始めたのが、古い農法に適用する在来種の酒米「神力」と「愛国」の栽培。根気がいる自家採取にも挑戦し、できのよい稲から種籾を採り、種を進化させている。(写真提供:仁井田本家)
農家さんと一緒に取り組み始めたのが、古い農法に適用する在来種の酒米「神力」と「愛国」の栽培。根気がいる自家採取にも挑戦し、できのよい稲から種籾を採り、種を進化させている。(写真提供:仁井田本家)
自社山林の杉林。定期的に間伐を行うことで、山に光が差し込み、多様な生き物たちが集まる森になった。
自社山林の杉林。定期的に間伐を行うことで、山に光が差し込み、多様な生き物たちが集まる森になった。
この土地で育てた杉材で製作した醸造用の木桶は、毎年一つ造り、年々数を増やしている。
この土地で育てた杉材で製作した醸造用の木桶は、毎年一つ造り、年々数を増やしている。
木桶づくりで残った端材でミツバチの巣箱を製作。在来種のニホンミツバチは巣箱に集まるのは難しいと言われているが、自然農の環境が功を奏して、敷地内に仕掛けた10カ所のうち9カ所に集まる結果に。
木桶づくりで残った端材でミツバチの巣箱を製作。在来種のニホンミツバチは巣箱に集まるのは難しいと言われているが、自然農の環境が功を奏して、敷地内に仕掛けた10カ所のうち9カ所に集まる結果に。

しかしこれは、ただ木桶をつくることだけが目的なのではありません。間伐によって杉林に太陽の光が行き届くと、木々が健康に育ち、そこで暮らす動植物や微生物などの生物多様性が守られ、水質保全へとつながります。

震災を経て、同じ志を持つ農家さんとつながり、木桶づくりから広がる森林の循環にも気づいた二人は、今ようやく「悪いことばかりではなかった」といえるようになったと話します。

そして、「自給自足の蔵」という指針のもと、蔵のすべての酒を"つくる"のではなく、自然の力で"できる"酒づくりに舵を切った『仁井田本家』の酒は、ここから劇的に進化を遂げていきます。

地域の人と自然とのつながりが
未来へつなぐモチベーションに

自然のままに、なるべく人間がコントロールせずにつくる仁井田の酒は、毎年味が変わります。なぜなら、原料となる酒米の仕上がりはその年々の天候次第。微生物の働き方も、水質も、天然のまま。さらには仕込みに関わる蔵人たちが持つ常在菌もそれぞれ違う──。お酒の源となるものは、「すべて生きている」ということが根本にあります。

「でも、それこそが自然界のバランスがとれている状態で、そこから生まれる味が自然酒の醍醐味だと僕は思うんです」と穏彦さん。

人間の力で味をコントロールし、再現性を重んじる従来の酒づくりとはまさに真逆の発想。しかし、だからこそこれまでとは違う新しい飲み手とのつながりが生まれました。

思わず「かわいい!」と手に取りたくなるボトルデザインも『仁井田本家』の魅力のひとつ。外部のアートディレクターとブランディングチームを組み、若い世代にも手に取ってもらいやすい商品開発に取り組んでいる。
思わず「かわいい!」と手に取りたくなるボトルデザインも『仁井田本家』の魅力のひとつ。外部のアートディレクターとブランディングチームを組み、若い世代にも手に取ってもらいやすい商品開発に取り組んでいる。

「例えば今年、なぜかタンク1本分だけ通常よりも発酵が進んで、酸度がとても高いお酒ができたんです。どうしようかと悩んでいたら、発酵を専門にする知人がその味わいを『これこそが自然の味だ』とおもしろがってくれて、販売を後押ししてくれたんです。このように、自然酒ならではの味や特性を楽しんでくださる新しいお客さまと出会うことができました」(真樹さん)

その年に収穫したお米の個性をダイレクトに込められる"自然派"の酒づくり。同じ味がひとつとしてない再現性の低さに、魅力や価値を感じる人が着実に増えているようです。

「僕らがお酒をつくることは、田んぼや山を守ることにつながっています。"飲んで応援"じゃないですが、環境や地域に配慮したエシカル消費としても賛同してくれるサポーターが増えたのは、本当にうれしいことです」と穏彦さん。

創業から300年もの間、蔵にすみ着いている天然の酵母が、その蔵にしかない味を醸してくれる。(写真提供:仁井田本家)
創業から300年もの間、蔵にすみ着いている天然の酵母が、その蔵にしかない味を醸してくれる。(写真提供:仁井田本家)
砂糖を使っていないスイーツや甘酒を販売することで、子どもや授乳中のお母さん層のファンも増えた。(写真提供:仁井田本家)
砂糖を使っていないスイーツや甘酒を販売することで、子どもや授乳中のお母さん層のファンも増えた。(写真提供:仁井田本家)
「酒蔵は敷居が高い」というイメージを変えたいという想いから始めた感謝祭をはじめとするイベント。お客さまと直接顔を合わせて話すことで、距離感を縮めている。(写真提供:仁井田本家)
「酒蔵は敷居が高い」というイメージを変えたいという想いから始めた感謝祭をはじめとするイベント。お客さまと直接顔を合わせて話すことで、距離感を縮めている。(写真提供:仁井田本家)

『仁井田本家』が目指す、これからの「自給自足」のかたち。最後に二人は、さまざまな人とつながり、自然の力と知恵を集結させて、地域が持つ新たな可能性を引き出す日々について、「やる気が出るし、続ける活力になる」と教えてくれました。

味わうことで、土地の風景やつくる人の想いを思い浮かべることができる"自然酒"。ふだんの買い物や食事などで、こうした「自然とのつながり」を感じられるものを選ぶことは、私たちの身体はもちろん、心にも健やかなよろこびをもたらしてくれるかもしれません。

おいしくて身体にもいいお酒は、地域の田んぼや山の保全、それによって育まれる水の循環が保たれているからこそできるものなんだね。自然酒ならではの毎年変わる味わいが、その土地の自然やつくり手に想いを巡らすきっかけになりそう。

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にいだほんけ 1711年創業。以後300余年に渡り、福島県郡山市田村町金沢の地で酒づくりを続ける。18代目蔵元杜氏、仁井田穏彦(やすひこ)さんは、創業300年を迎えた2011年に「自然派酒造」としてリスタートすることを宣言し、昔ながらの製法で土壌の特徴を映す自然酒を追究。また、自然農法を体験しながら学ぶ「田んぼのがっこう」や、自社山の杉を活用した「木桶づくりプロジェクト」をはじめ、女将の仁井田真樹さんを中心に県内外で行うイベントやマーケットなど、酒蔵の枠にとらわれない活動・発信も行っている。