プロゴルファーとして活躍し、現在もゴルフ解説やバラエティー番組、CMなどでもおなじみの東尾理子さん。
2011年、夫で俳優の石田純一さんと不妊治療に取り組んでいることをブログで明かし、大きな話題に。当時は、不妊治療についてオープンに語ることが、いま以上に珍しい時代でした。
「“よく公表できましたね”と驚かれ、一大事のように受け止められて。公表後しばらくは、マネージャーへの問い合わせの電話が鳴り続けたそうです。私としては、“昨日の夕飯はサバ定食でした”みたいな軽いノリで書いたんですが(苦笑)。不妊治療に関する情報も、社会の理解も、まだまだ少ない時代でしたね」
“不”というネガティブな響きに違和感を持った東尾さんは、「Trying to Get Pregnant(妊娠しようと頑張っている)」の頭文字をとり、不妊治療のことを「TGP」と呼ぶようになりました。
「当時の私は、“妊活”という言葉すら知らなくて(苦笑)。体は元気だし、“治療”っていう言葉にも少し違和感がありました。『TGP』って言葉に置き換えれば、私らしく状況と向き合えるのでは、と」
やがて「TGP」は、不妊治療を表す言葉から、女性の健康課題に向き合う活動の呼称へと広がっていきます。
不妊治療に関する情報発信や、当事者同士が安心して話せる場づくりを続けるなかで、東尾さんが何度も耳にしたのが、自身の経験とも重なるこの言葉でした。
「もっと早く知りたかった」
必要な知識を、もっと早い段階から届けたい。
その思いを起点に、現在は株式会社TGPとNPO法人TGPという二つの組織が連携し、女性の健康支援から子どもたちへの月経教育まで、さまざまな活動に取り組んでいます。
その一つが、生理用品の支援と月経教育を組み合わせた「Four for One」です。
知るきっかけを
日常に埋め込んで
「Four for One」は、協力企業や店舗などの女性用トイレに生理用ナプキンを設置し、4枚使われるごとに、1枚を学校へ届けるプロジェクトです。
これまで全国69校を支援し、届けたナプキンは約54万枚(2026年9月現在)※に上ります。
届けるのはそれだけではありません。
学校へ届けるナプキンの収納ケースには、産婦人科医とともに考えた月経教育メッセージが添えられるのが特徴です。
「特別な授業の時間だけでなく、日常の中にも知る機会をそっと埋め込んで......。お手洗いに行くたびに、なんとなくメッセージが目に入れば、頭の片隅には残るはず」
東尾さん自身、身体のコンディションと長く向き合ってきたアスリートでありながら、月経や妊娠、生殖については「知らなかったことばかり」と振り返ります。
「私が学生時代に教わったのは避妊教育くらい。生理痛は我慢して当たり前、望めばいつでも妊娠できる、と思って育ってきました。妊娠には適齢期があることすら知らなかったんです」
「Four for One」のもう一つの特徴は、自分に必要なものを使うことが、誰かへの支援につながる仕組みです。その発想のヒントになったのが、プロゴルファーとしてアメリカのツアーを回っていた頃の経験でした。
「アメリカのプロゴルフ界では、チャリティー活動が大会に自然に組み込まれていたんです。例えば、選手がバーディー(規定打数より1打少なくホールを終えること)を取るたびに寄付につながる仕組みもありました。自分のために頑張った結果が、誰かを助けることにつながる。そんなすてきな仕組みを、自分でもつくれたらと」
知ることで、
支援の形も変わる
活動を始めた当初、東尾さんには「知識を届けたい」という思いが強くありました。けれど実際に学校を訪れ、子どもたちや先生の声に触れるうち、想像以上に切実な現実が見えてきます。
「自分のお小遣いで生理用品を買っている子たちが実際にいる。その子たちは、お金がかかるからと、ナプキンを交換する回数を減らしていたんです」
経済的な理由などから生理用品を十分に入手できない「生理の貧困」。
ニュースで見聞きしていた問題が、目の前の子どもたちの現実として迫ってきました。
「お年頃だから、生理中だと気づかれること自体を恥ずかしいと思う子も多いんです。例えば、五つある個室のうち、1カ所だけにナプキンを設置したら、そこは“生理の人のトイレ”となり、むしろ入りにくくなることも。だからこそ、できる限り全ての個室にナプキンを設置し、人目を気にせず使えるようにしてあげたい」
必要な人がためらわず、安心して使える環境に整える。現場を知るほどに、支援の形も少しずつ磨かれていきます。
見えない壁を、
「知ること」で壊す
知識を届けたい相手は、女子生徒だけではありません。
「ある中学校へナプキンを届けたあと、生徒たちと一緒に給食を食べました。ざっくばらんに話してみると、生理用品を見たことも触ったこともないという男子生徒が多いんです。“じゃあ、男子も見てみよう”って、ナプキンを袋から取り出し、水を含ませてみたりして。最初は『うわ、なんだこれ』ってふざける子もいたけれど、次第に『これなら、トイレにあったほうがいいよね』なんて、男女間で会話が生まれ始めて」
見たことも触ったこともなければ、実感をもって想像するのは難しい。大人も例外ではありません。
「男性経営者に職場へのナプキン設置を提案すると、『よくわからないから、女性社員と話して』って反応をされることも。一方、女性側から『自分でナプキンを持ち歩くのは、最低限のマナーでしょう?』と設置に反対されたこともあります。日本では、生理がいまだタブー視されるムードや、自己責任的な意識が根強いんです」
「トイレットペーパーの設置を疑問に思う人なんていないですよね」と東尾さん。こうした思い込みをほどくためにも、まずは知る機会をつくることが大切だと東尾さんは考えています。
知ることは、他者を理解するためだけではありません。自分で考え、自分で選ぶためにも、知識は欠かせないものです。
「恋愛よりゴルフ、という感じで、私の20代はあっという間に過ぎていきました。妊娠適齢期について知っていたら、20代の私は違う道を歩んでいたか? って考えた時、私はそれでも同じ道を歩んでいたと思うんです。知ったうえで、自分で考え、自分で選べること。そこにこそ、意味があるはずなんです」
自分が変えられることに
目を向ける
「もっと早く知りたかった」という自身の経験を出発点に、さまざまな活動へと歩みを進めてきた東尾さん。常に意識しているのは、自分の言葉の選び方です。
「人が言うことはコントロールできないけれど、自分が言うことと、自分がやることはコントロールできると思うんです。『OB(コース外)へ飛ばさないように』ではなく、『ど真ん中のあそこへ打とう』。『ラーメン食べちゃだめ』ではなく、『サラダを食べよう』。“しない”ではなく、“じゃあ何をする?”って言葉に置き換えるんです」
「不妊治療」を「TGP」と言い替えたことも、そんな小さな選択の一つ。その積み重ねが、やがて誰かを支える活動へとつながっていきました。
変えられないことにとらわれるより、自分が選べる言葉や行動に目を向ける。長年、勝負の世界で生きてきた東尾さんならではの、地に足のついた向き合い方と言えそうです。
「自分の口から出る言葉って、自分がいちばん耳にするものですよね。なるべく前向きで、きれいな言葉を使いたい。そんなふうに繰り返していくと、少しずついい流れになっていく気がします」
文:藤田三瑚 写真:松本のりこ
更新
東尾理子さん
ひがしお・りこ 1975年生まれ。8歳からゴルフを始め、高校卒業後に米国フロリダ大学へ進学。卒業後はプロゴルファーとして日米で活躍する。2009年、俳優・石田純一さんと結婚。テレビ・CM出演など幅広く活動する一方、自身の不妊治療経験をきっかけに、妊活当事者の支援や女性の健康課題についての啓発活動に取り組む。2021年に株式会社TGPを設立し、企業・学校・自治体と連携した活動を展開している。3児の母。