動物を「見せる」のではなく
動物が「魅せる」空間づくり
目の前を動物が行き交い、直接触れることもできる『神戸どうぶつ王国』では、動物を飼育する檻(おり)はありません。すると、動物たちはたくさんの来園者を前に警戒するかと思いきや、むしろ、(あのナマケモノでさえ)どこかいきいきとしているように感じられます。
この独自の展示方法を作り上げた佐藤園長は、「この動物園が、来園者にとっての"野生への扉"でありたいと思っています」と話します。
「ジャングルで野生動物に遭遇した時の、"あの感動"。それをこの場所で体験できるように、動物たちが本来生きている環境に近い空間づくりにこだわっています。それは同時に、動物たちのストレスを減らし、いきいきと暮らしてもらうこととも密接に関わっているのです」
野生に近い環境で活発に生活する動物の息遣いを感じるほどに、動物が本来生息している自然環境の大切さに気づかされます。
そこで思い出されるのは、園長の「動物園は"野生への扉"」という言葉。扉の先には、私たちの生活とも無関係ではない、『神戸どうぶつ王国』が取り組むもう一つの活動がありました。
飼育・展示だけじゃない
もう一つの動物園の役割
園内のように、本来生息する場所と近い環境に暮らす動物がいる一方で、世界には地球温暖化の影響などで環境が変わり、いま、この瞬間にも住みかを失い、絶滅が危ぶまれている動物がいます。そんな動物をはじめ、地球上の『生物多様性』を守る活動について、佐藤園長は「動物園の責務です」といいきります。
「『生物多様性』を守るアプローチはさまざまです。ここでは、飼育の設備やノウハウを持つ動物園だからこそできる活動を行っています。
例えば、宮古諸島に住むミヤコカナヘビや奄美大島に住むアマミトゲネズミといった、固有種を保全するための飼育。屋内施設である当園の環境が、南西諸島の動物たちにぴったりなんです」
園内で固有種を飼育する以外にも、同園では「生物多様性」を守るために行っている活動があります。
「動物園としてすべきことを考えたときに、いま守るべきものが、園で飼育していない動物や、遠い国の環境だったりすることは少なくない。だから、園外での保全活動を支援する取り組みも行っています」
しかし、海外を含めた園外での保全活動に協力することについて、佐藤園長は「一筋縄ではいかない」といいます。なぜなら、いくらこちらが動物を「守りたい」と思っていても、現地の人には現地の人の「都合」があるからです。
「守りたい」を叶えるために
もっとも大事なこと
その例が、中央アジアの国・キルギスに生息するユキヒョウです。気候変動によって住みかを失ったユキヒョウが人里に下り、狩りで殺される例が後を絶ちません。しかし現地の人にはユキヒョウを減らさなければならない「都合」があるのです。
「現地の人にとっては、家畜を襲うユキヒョウは"害獣"なんです。また、つかまえれば毛皮が高く売れるので、生活のためになる。我々の活動は、ユキヒョウと生活に苦しむ現地の人々、どちらにとってもWin-Winになる方法を探ることなのです」
そこで考え出されたのが、ユキヒョウをモチーフにしたキルギスの特産品を販売することでした。フェアトレード商品の販路を作り、地域経済の活性化を促すことで、"害獣"だったユキヒョウが自分たちにとって必要な存在へと変わる。こうした仕組みを作ることが、「生物多様性」を守る"道しるべ"になるのです。
「生物多様性」には、人間の生活が大きく関わっています。だからこそ、現地の人に寄り添い、「守りたい」という考えを一方的に押しつけないことが大切なんです、と佐藤園長はいいます。
おいしく食べることで
助けられる命がある
そしてそれは、遠い外国の話だけではなく、日本国内でも同様です。
長崎県の対馬にのみ生息するツシマヤマネコは、きれいな田んぼに住む小動物を食べて暮らしていました。ところが、開発などによる山林や田んぼの減少により、住む場所と食べ物が失われた結果、食べ物を探し求める道中で交通事故に遭ったり、猫から感染症をもらったりして、命を落とすことが増えています。
そこで現地では、減農薬の米づくりを通じて田んぼを増やし、「ツシマヤマネコ米」を販売することで、彼らの住みかと食料を確保するプロジェクトが立ち上がりました。
「減農薬の田んぼを維持してお米を育てていくことには、大変なコストがかかることなのです。そこで、『ツシマヤマネコ米』を年間購入し、園内のレストランで提供することによって、保全活動を支援しています」
このような取り組みは、私たちの身近なところにも、「生物多様性」を守るためにできることがあることを気づかせてくれます。
日本人も知らずに加担している
環境破壊と固有種迫害の現実
国内だけではなく、遠く離れた土地の「生物多様性」にも、日本人の生活が知らず知らずのうちに大きな影響を与えている例もあります。
「生物多様性の宝庫」といわれるマレーシアのボルネオ島では、多くのジャングルが、パーム油を作るためのプランテーションに変えられてきました。パーム油は、世界で最も多く使われている植物油。日本でも、加工食品や洗剤、化粧品などに用いられ、私たちの生活を支えています。
ボルネオにあるプランテーションとは、パーム油をとるための大規模なアブラヤシ農園のこと。森を切り拓いて作られているため、周囲に暮らすさまざまな動物たちが住処を追われているんだ。固有種のボルネオ象がプランテーションに入り込み、害獣として殺されてしまうことも......。
「飛行機でコタキナバル上空から見下ろすボルネオは、一面が緑色です。でも近づいてよく見ると、それはほとんどプランテーションでした。野生動物の生息地も、碁盤の目のように区切られてしまって......。あの光景を見たら、私たちはこの森を守るために支援をしなければならないと、強く思いました」と佐藤園長は、やりきれない表情で語ります。
そこで『神戸どうぶつ王国』では、園内にドネーション自販機を設置して、売上の5%を、分断された森をつなぐ取り組みや野生動物のレスキュー活動に寄付しています。
「『生物多様性』を守るために大切なのは、資金の有無や施設の規模ではなく、想いがあるかどうか。よく会社のCSR(社会的責任)と間違われますが、そうではありません。人類共通の財産である希少種を守ることは、我々の使命なのです」
これらの活動が認められ、『神戸どうぶつ王国』は2022年12月に民間の動物園では初めて「認定希少種保全動物園」に選ばれ、大きな話題となりました。
「認定希少種保全動物園」になったことで、希少種の受け渡しなど他の園との連携がよりスムーズになり、活動の幅が拡がることが期待されているよ。
「生物多様性」のために
いま、私たちにできること
"野生への扉"の先にある「生物多様性」には、たしかに私たちの生活が深くかかわっています。しかしキルギスやボルネオで暮らす人々と同様に、私たちの生活もまた大きく変えることは難しい。それでも、何かできることはあるのでしょうか。
「園としては、動物を見て『かわいい』『すごい』と思ってもらうだけで充分なんです。だって、パンダのぬいぐるみをうれしそうに抱いている人たちは、きっとパンダを大切にしてくれるし、ほかの動物にも優しいまなざしを向けてくれるはずですから」
一朝一夕ではなしえない難題と、日々向き合う佐藤園長。続けるのは大変ではないのでしょうか、とたずねると、「いいえ。続けていくから面白いのです」とほほえみます。
「私たち人間も、『生物多様性』を構成する歯車のひとつ。だからこそ誰しもに関係がある話だし、どんな小さな取り組みだって、何かしらの貢献につながっていくのだと思います。まずは、足元の自然に目を向けてみてください。関わり方は、なんだっていいんです」
例えば、園内のレストランでは、使い捨てプラスチックを廃止し、木製カトラリーを導入しています。動物を好きになることに加えて、そうした取り組みに協力するのも、立派なアクションのひとつです。
どんなに小さな歯車でも、欠けたり、止まってしまったりしたら、全体は動かなくなってしまう。地球の裏側で起きていることを知り、自分の足元を見つめてみることで、私たちの生活にも"野生への扉"は開かれるのかもしれません。
「生物多様性」を守っていくためには、知ることや意識すること、何かをやってみること......そういうシンプルなアクションが、まずは大切なのかもしれないね。日々のなかでも、できることがいろいろとありそう!
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