私らしく。 by 再春館製薬所

くすかき
早朝6時半にはじまるアート。「落ち葉かき」に人が集う理由

story ストーリー| # # # #

ストーリー

「天神さま」と親しまれる福岡県の太宰府天満宮。境内には樟(くす)の杜があり、春に葉を落とします。その葉を松葉ほうきで掻く「くすかき」にたくさんの人が集うと聞いて、早朝に訪ねてみました。皆さんはどんな気持ちでほうきを手にとるのでしょう。そして、アートプロジェクト「くすかき」を企画する五十嵐靖晃さんにも思いを聞きました。

2024年4月11日の朝6時すぎ。息は白く、夜明けの空は淡く。こんもりとしたお宮の杜が見え、目覚めたばかりの鳥たちのにぎやかな声が響いてきました。

ここは、学問・文化芸術の神様としておなじみの菅原道真公(すがわらのみちざねこう)を1100年以上にわたってお祀(まつ)りする、いわば聖地。大小100本あまりの樟が杜となり、御本殿南側の天神広場には、大きく枝葉を広げた3本の樟が立っています。

4月も10日を過ぎれば古い葉はほぼ落ちて新芽が青々と茂り、木に生命力が満ちている。

この広場では3月から4月にかけての3週間、「くすかき」が毎日おこなわれます。「くす」は樟、「かき」は松葉ほうきで樟の落ち葉を掻くこと。子どもから大人までさまざまな人たちが、樟の落葉を掻きに朝な夕なやってきます。この日の朝は、ウォーキング姿の女性や親子連れ、大あくびでポケットに手を突っ込む学生服男子、自転車に乗った外国人男性など、一人、また一人と集まってきました。

「皆さん、おはようございます」

爽やかにあいさつするのは、2010年からこの広場でアートプロジェクト「くすかき」を続けるアーティスト・五十嵐靖晃さんです。

アートと聞いて身構えなくても大丈夫、誰でもウエルカム。今日が初めての人も、長らく通っている人も、足元に散る樟の落葉を松葉ほうきで掻いて、落葉の山を積み重ねる時間を共に過ごします。

早朝、集まった参加者に今朝の樟の様子を語りかける五十嵐靖晃さん(中央)。

樟の葉が見てきた
一年間に思いを馳せる

「明日落ちてくる葉っぱのために、今日この場をととのえましょう」

五十嵐さんの短い言葉を合図に、皆さん思い思いの場所で落葉を掻き始めました。
竹の松葉ほうきはひんやりと手になじんで、先が程よくしなり、ざっざっと掻く音が気持ちよく体に響いてきます。掻き集めた落葉を大きなふるいに集め、左右に動かしてみました。

ふっと鼻先に、懐かしいタンスの匂い。そうそう、樟には「樟脳」と呼ばれる清らかな香りの成分があることを思い出しました。

「樟は個性があって、木ごとに葉の色やかたちが違うのよね」と声をかけてくれた隣の女性の言葉に目を凝らすと、なるほど! 赤茶色や黄緑の葉、ほっそりとした葉や丸みのある葉など、姿かたちはさまざまです。春に落葉することも含めて、樟のことをほとんど知らなかった。

集めた落ち葉はみんなで葉とそれ以外のもの(枝など)に分けていく。

こうして、初めて会った人と樟の香りを味わったり、葉のかたちをまじまじと見比べたりしているなんて、愉快なひとときです。夢中で1時間ほど掻くうちに、地面に連なっていた落葉の波がいつしか消え、落葉がみっしり積み上がる「掻き山」ができました。と思いきや、天から、はらり一葉。

「毎日新芽が萌えて、押されるように古い葉が次々と落ちてきます。古い葉といっても、昨年同じように新芽として芽吹いた葉。落葉はこの樟の一年の記憶なんですよね」

五十嵐さんの観察によれば、例年は葉・枝・花・実の順に落ちるのに、今年は葉と実が一緒に落ちてきたそう。気候変動の影響なのか、15年間で初めてのことだと言います。

いま、目の前を舞った一枚の葉はこの一年に何を見て、どんな体験をしてきたのかしら。樟の声に耳を澄ませるように掻いていると、地面の下にあるはずの根っこと自分の体がつながっているような不思議な感覚が芽生えるのでした。

参加する理由は違っても
同じ所作でゆるやかにつながる場

どうして「くすかき」に来たのと、小学6年生に尋ねると、「学校の前に来ると楽しいから」という言葉が返ってきました。今日、初めて友達を誘ったそう。

5年間通っている女性は、「天満宮のすがすがしい空気を胸いっぱい吸うなら、朝が一番」と樟を見上げます。

黙々と松葉ほうきを動かしていた男性は、「僕はアートやらよくわからんけど、仕上げに丸く地面を掻き上げる瞬間が一番好きかなあ」とさっぱりした笑顔で言いました。

「僕や参加する皆さん一人一人の中に、『くすかきってなんだろう』という問いがあるんですね。その答えを探しながら、次の日も、次の年もここにやって来ます。自分自身や樟と対話しつつ、落葉を掻く所作を通じて、同じ場にいる人たちとゆるやかにつながっている。その風景に僕は毎年感動します」

五十嵐さんの言葉は、「くすかき」の輪に入るとよくわかりました。きっかけも関わり方もばらばらの人たちが、自分なりの思いを持ち寄って、みんなの心のよりどころである場を大切にととのえる。すると、自分もととのう。

松葉ほうきは、手首を動かすのではなく、地面と平行に「体ごと掻く」のがコツ。

天神さまや太宰府の山々の、見守ってくださるようなまなざしを感じながら。夜明けは日に日に早くなり、集う人の顔ぶれが変わり、何より樟は生きているのだから、明日の朝の風景は今日と違うのでしょう。そう思うと、毎日でも通える人たちがうらやましくなりました。

とはいえ、どの町にも季節は巡ります。散歩道に立つ木々もベランダの鉢の木も、みずみずしく生まれ変わる姿を見せて、私の「一日」や「一年」のかけがえのなさを教えてくれていたのです。

7時半ごろ、皆さんは松葉ほうきを片付けて風のように去っていきました。来た時よりも、晴れやかな顔つきで。樟の若芽に呼応するように、心が芽吹く朝。さあ、新しい日が始まります。

86歳の職人さんの手仕事である松葉ほうき。天満宮の境内を掻きやすいように、竹の本数や角度が丁寧に調整されている。

最終日におこなわれる
「くすのかきあげ」に参加しました

4月13日。「くすかき」22日目は、「くすのかきあげ」という行事で集大成を迎えます。
天神広場には、かつて樹齢千年と伝わる「千年樟」が立っていました。太宰府天満宮の参拝客が増えて地面が踏み固められたことや酸性雨の影響によって、残念ながら1994年に枯死したそうです。五十嵐さんは、「雨が降って水たまりができると、地面の下に残っている根の形がうっすらと見えることもあるんですよ」と教えてくれました。

目には見えないけれど、いまもそこにあるもの。千年前から、「ここ」で生きる人たちが大切にしてきた存在。みんなで千年樟の姿を感じて、思い描いてみよう。五十嵐さんが「くすかき」を通じて投げかけてきたメッセージです。

3週間の「くすかき」に集まったのは、延べ893人。晴れの日も小雨の日も朝夕に掻き集めた樟の落葉は、千年樟が立っていた場所を囲むように広げられました。早朝の木漏れ日を浴びながら、人々は千年樟に一礼。

まずは、子どもたちが小さな松葉ほうきから「今日の葉っぱ」を地面に落とします。そして、みんなで落葉の上を縦横無尽に行き交い、千年樟の「根っこ」を想像しながら掻くと、地面に「落葉の根っこ」のような模様が描き出されました。みんなでその姿を眺めた後、落葉を千年樟の「幹」として一つの山にまとめます。

おしまいに、樟の匂い袋(芳樟袋)や樟脳の入った紙包み(樟香舟)を大樟香舟と呼ばれる古くなった松葉ほうきでつくられた舟に乗せて、この一年の「記憶」を宿す香りとして天に届けます。天神さまに無事終了を奉告して、2024年の「くすかき」は結ばれました。

かきあげは、「掻き上げ」であり「描き上げ」でもありました。いま、ここにいる人たちがともに掻き、描く。その一連の風景こそが、今年の「くすかき」によって描き出された千年樟の姿です。

もしかしたら、千年前にここで暮らしていた人たちも樟を見上げ、私たちと同じ所作で落葉を掻いていたかもしれません。今日たまたま居合わせた人と一緒に落葉を掻いて千年樟に思いを馳せることで、よく知らなかったこの地や名もなき昔の人々ともつながったような気がします。

五十嵐さんは青々と茂る杜を背にして、言いました。

「15年間たくさんの人と関わるなかで、ようやく形になってきました。千年樟にならって、『くすかき』の営みが千年続く日常になれば。千年樟や昔の人たちに、その覚悟を問われていると感じますね」

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アーティストの五十嵐靖晃さんが、福岡県にある太宰府天満宮で2010年から毎年春におこなっているプロジェクト。樟の落ち葉を掻いて、かつて存在した千年樟を皆で協働し描き出す。事前申し込み不要で、参加は無料。詳細はWEBサイトにてご確認ください。