「お勝手口」図書室

弊社会長・西川通子が、ひとりの女性としての胸の内を綴ったコラムです。
家事の合間にお勝手口で、お馴染みのご近所と、ちょっと立ち話、世間話。
そんな気楽な気持ちでお読みください。

平成30年 11月号

落語

近ごろ、落語を聞くのが愉しくてしかたありません。

熊本でも毎月どこかしらで、落語の実演会が催されており。今や外せぬ用事など一つとして無い暇だらけの身にまかせ、気の向くままに足を運んでは、小さなクスっとから大きなアハハハまで、笑い百般(ひゃっぱん)を愉しんでおります。

新作も好きですが、それ以上に、古くから語り継がれてきた古典を聞く愉しさには、また格別のものがございます。話の大筋は一つでも、時代や流派がちがえば、その語り口はそれぞれにちがっていて。同じ話を色々な噺家(はなしか)さんから聞いているうち、ああこの方はここをこう話すのね、とか、あの人はこうだった、とか。芸風のちがいを味わい愉しめるところが、落語をもって話芸の粋と呼ばせる所以だと感じております。

それにしても大したもの。扇子一本と手拭一本だけで、ここまで人の心を揺さぶって、笑いのみならず、ホロっと涙のこぼれる想いまでさせてくれるのですから。それだけではありません。私が落語に魅せられるのは、いささか大げさに過ぎるやもしれませんが、そこに私自身の人生を見る想いがするからです。粗忽者がズッコケ、勘違いを繰り広げる話は言うに及ばず。目頭を熱くさせるような人情話の端々でも、かつて胸に湧いた想いがいか様だったかを、思い出させてくれる情景に出会います。

まるで落語のように生きてきた…。そう言うと、格好のつけ過ぎになるのか否やはわかりませんが。笑い笑われることの少ない人生は味気ない。余生いくばくかは知らねども、これからは愉しむことにますます徹して、笑って笑って生きていこう。密かにそんな想いを胸していることは、長生きもほどほどに…と思っているであろう周りの者に、今は内緒にしております。

さて。頃は九月に戻りますが。ちょっとそこまでの旅から帰ってみると、家に町内会の名の入った熨斗袋が届いておりました。なんだろう?町を挙げての祝いでも…と思いつつ開いてみると、日専連の五百円の商品券が二枚。添え紙を読んで合点がいきましたが、そこからはこみ上げる笑いを止めることができず。一人クックと笑いながら、今は仏の主人が棲む仏壇に熨斗袋を上げて、よくわからぬ気持ちのままに二人笑っておりました。

うれしかったのです。だって子どもの頃以来、お小遣いなどもらったことがなかったのですから、けれども。これからますます!と勢いづいている私が、年功者に向けたお優しい心遣いを受けている図が、なんとも不似合いで、可笑しくて。それで笑ってしまったのだと、今は思っております。

熨斗袋に入った添え紙には、おめでとうございます!後期高齢者の方々へのお祝いに云々と…書かれておりました。その日は九月十七日、敬老の日でございました。

おあとがよろしいようで。

西川通子

平成30年 8月号

西瓜

私は西瓜が大好きです。人一倍の食い意地は先刻ご承知の通りですが。そのかわり贅沢は言わず、口に入るものならばなんでも美味しくいただいてまいりました。しかし、こと西瓜だけは別。長年、ココのコレ!と決めたものを取り寄せ食べつづけております。

それは、一本の蔓に一つの実しか成らすことを許さぬ西瓜。「よかスイカば見つけてきたぞ!」。やはり西瓜が大好物だった亡き主人が、鬼の首でもとったかのような勢いで持ち帰ったそれを口にし、あまりの美味しさにびっくりして以来、毎夏とっておきのお愉しみにしてまいりました。

けれども、困ったことが一つ。この日に欲しい…と思っても、そうは問屋が卸さぬというか。作り手が「今が完熟」と見切った後しか、決して出荷させないのです。

その融通の利かなさは、まさに筋金入りというか。主人が亡くなったとき、仏前へぜひにとお願いしても、首を縦にふらず、「まだ早い」の一点張り。そこをなんとかと拝み倒して、供えることはできましたが。その後も折あるごとに、熟しきらぬ実を出したことへの後悔を口にしていたとか。

仏にも道を譲らぬ頑固ぶりには、あきれ果てる想いさえいたしましたが。その後も毎夏、供養にかこつけて口にするうち、あきれていた気持ちが、いつしか尊敬の念にかわり。歯が立たぬあの頑固さこそが、幸せの味が詰まった大果を育てる一番の肥しと今は思っております。

さて、頑固と言えば西川通子。私が会社から身を退いた後に入社して、話したこともない社員でも、この言葉だけは知っているくらい、悪名に今もすたりはないようですが。確かに頑固、おいそれと融通を利かせぬ働き方をしてきたのには、理由がございます。

お客様にとってこれが一番。そうと心底信じられた物事は、周りからなんと言われようとも、決して譲らず貫き通しました。しかし、それよりも良いことを思いついたら、いままでのこだわりはなんだったの?と、あきれられるくらいあっさりと鞍替えしました。朝令暮改という言葉がありますが、私はその上をいく朝令朝改を何度もして、社員を慌てさせてまいりました。

つまり、頑なに守り抜くことにこだわってきたのではないのです。こだわってきたことは、お客様によかれと思う物事の一番を常にお届けする、その一つだけ。今も一番で変える必要のないことは、時流に遅れていても決して変えない。それを凌駕する物事に出会ったら、臆することなく変える。この一念はものづくりだけでなく、私の生き過ごし方のすみずみにまで、深くしっかりと根を張っております。

私の愛する西瓜も、今は二代目が受け継ぎ育てておりますが。頑なに完熟にこだわる姿勢まで、しかと受け継いでいるのには舌を巻くよりございません。けれども、それもきっと私と同じ。今以上を求めて、いろいろ思案したり、あれこれ試したり。その上で、今以上の仕方がないから変えないだけで、見つかれば即座に変えるはずと、その胸の内を読んでおります。

あと何度、この西瓜を食べる夏が巡ってくるかはわかりませんが。その何度目かで、届き方が変わって、それに気づいて、理由を聞いて。ああ、ここにも私と同じ類いの人がと、我が意を得ることができたなら…。そんなことを想いながらいただいた今年お初の西瓜は、去年よりまた一つ、味を増しているように感じられました。

西川通子

平成30年 5月号

アフリカ

二月、アフリカへ行ってまいりました。訪れるのは二度目、初めて行ったのは十数年前。ある雑誌社が、はかなくなった運動靴を集め、貧しさゆえ素足で暮らすアフリカの子らに届ける取り組みをしており。それは素晴らしい!と協力をしていた頃のことでした。

今回は、数人の孫とその母親を引き連れ旅立ちました。ご承知の通り、今はせねばならぬ仕事などなく。邪魔にならぬよう…などと言い訳をしながら遊び回っているのですが。家に居つかぬ分、孫との縁がとんと薄くなっておりました。

すでに、いつあの世からお呼びがかかるやも知れぬ年。けれども今呼ばれたら、孫の想い出になることも、孫の想い出を携えて逝くこともできぬ。そう想うと柄にもなく切ない想いが胸にし。まだ辛うじて足腰の立つ今のうちにと思い立った次第。

初めて行ったアフリカは、言葉にならぬほどの感動に満ち溢れておりました。雄大な自然に暮らす生き物たちが、日々織り成すドラマを目の当りにしながら、孫たちにも見せてあげたい…そう思っておりました。甦ってきたその記憶に従って、針路をアフリカに定めたのですが。そこで私は、十数年の月日のなんたるかを身に染みて思い知りました。

アフリカに辿り着いた後は、物見遊山にはほど遠い、まるで合宿のような日々でした。朝、暗いうちからジープに乗り込み、一路サバンナをめざします。ほとんど歩いていないのに、万歩計が一万五千歩を数えるほどのデコボコ道をひた走り、お尻や頭を打ちつけながら、あそこにライオンが!こちらキリンが!などと声がかかるたびそちらに向かいます。

連日、そんなドライブをつづけても、孫たちは疲れも飽きもしない様子。私はと言えば、このままでは五体がバラバラになるのでは?!という怯えばかりを募らせておりました。ようやく帰国の途についた日には、飛行機の座席に崩れ落ちるような想い。寝込みこそしませんでしたが、久方ぶりに帰った家から一週間ほど出ることができませんでした。

今はようやく回復して、遊び回りたがりの虫もうごめきつつあるを感じておりますが。しかし、そろそろ身の程をわきまえねば…。この十年、繰り返ししてきた反省に、いよいよ従わねばならぬときは今と、心いたしているのでした。

けれども、行って良かった!という想い出がひとつ。私たちがアフリカで泊まった所には、テレビもラジオさえもなく、夜も十時を過ぎると一斉に灯りが消されます。まさに漆黒と呼ぶにふさわしい、静まりかえった闇に包まれるのですが。そこで突然のように目に降り注いでくるものがあります。それは、満天をうずめる星の群れ。

その煌きは、電気の下で暮らすを当たり前にしてきた孫たちに、地球には、スイッチを切るからこそ見えてくるものがあることを、教えてくれているようでした。

願わくば孫たちが、その眩さを心に留め、自然が人に授けてくれるものの有り難さに思い至る者になってくれれば…。そう思うと、ジープの席にムチ打たれに行ったのか?!とまで思ったアフリカ行きも、良き想い出の棚にすんなり収まるような気がするのでした。

西川通子

平成30年 2月号

お手当て

明けましておめでとうございます。二月に明けましてもなかろう…そんなお声が聞こえてくる気もいたしますが。この欄で皆様にお会いするのは、昨年、バドミントンの追っかけ婆と化していることをお知らせして以来。これが年始の書初めとなりますゆえ、おトボケはしばし後ろに下がらせて、出来得る限りにかしこまる気持ちで申し上げます。

本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

そのままで膝をくずさず、今は昔のお話を一つ。ドモホルンリンクルを世に送り出した当初から、それを使うことを「お手入れ」でなく「お手当て」と呼ぶように!と、口を酸っぱくして言いつづけてまいりました。そこまでこだわらなくても…。そういう社員も少なからずおりましたが、私はその意見を頑として入れませんでした。

恋をするときれいになる、よいことがあると肌の調子が上向く、反対に気の持ち様ひとつで病にもかかる。まこと人間とは「気」に動かされ生きる物。昔から折りにふれ、そう思っておりましたが。漢方と袖すり合ってからは、目には見えねど確としてある気の力を頼りにせねば、人は幸せになれぬという想いを、ますます強くしてまいりました。

手当てとは病気や怪我を治すためにすること。そこに込められた気は、お手入れとは比べものにならぬほど、ずっしりと真剣です。およそ基礎化粧品らしくない言葉であると重々承知していながら、あえてお手当てと呼び習わすことにこだわったのは、他では得られぬ至高の満足を感じていただくために、病気や怪我を治すときと同じ真剣な気を、ドモホルンリンクルとともに肌へ向けていただきたいと思ったからです。

当時、高度経済成長を遂げた世の中には、猛烈な勢いで便利、簡単、手軽があふれ出しておりました。私も有難くその恩恵に浴してきましたが。その一方で、便利手軽には決して済ませてはいけないものがあることを、日々思い知ってもまいりました。

その最たるものが肌にかける手間暇です。きれいに生きたい、きれいに死にたいと願うならば、ドモホルンリンクルを、ただ漫然と使うだけでは足りません。年齢を重ねた肌をなにより満足させるのは、誰よりも肌を愛し、肌の未来に幸あれと願う自分自身の気の力。手間がかかっても、それを併せて与えるからこそ、肌はその想いに気付き、応えるためにドモホルンリンクルを役立てるのです。

つまりお手当てとは、肌に真剣に向かう気を湧きださせる呪文、手の使い方はその気を引き出す魔法…などと言うと、またふざけたことを!とお叱りを受けそうですが。

決してふざけてはおりません。はじめに申し上げた通り、膝をくずさずここまで書いてまいりました。今年もドモホルンリンクルとお手当てで、もっともっと健やかで素晴らしい肌になっていただきたい――この文章を通し、皆様に寄せる私の気をお感じいただけたならば、それ以上この身この胸に気の満つる想いがすることは、他にございません。

西川通子

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