「お勝手口」図書室

弊社会長・西川通子が、ひとりの女性としての胸の内を綴ったコラムです。
家事の合間にお勝手口で、お馴染みのご近所と、ちょっと立ち話、世間話。
そんな気楽な気持ちでお読みください。

平成30年 5月号

アフリカ

二月、アフリカへ行ってまいりました。訪れるのは二度目、初めて行ったのは十数年前。ある雑誌社が、はかなくなった運動靴を集め、貧しさゆえ素足で暮らすアフリカの子らに届ける取り組みをしており。それは素晴らしい!と協力をしていた頃のことでした。

今回は、数人の孫とその母親を引き連れ旅立ちました。ご承知の通り、今はせねばならぬ仕事などなく。邪魔にならぬよう…などと言い訳をしながら遊び回っているのですが。家に居つかぬ分、孫との縁がとんと薄くなっておりました。

すでに、いつあの世からお呼びがかかるやも知れぬ年。けれども今呼ばれたら、孫の想い出になることも、孫の想い出を携えて逝くこともできぬ。そう想うと柄にもなく切ない想いが胸にし。まだ辛うじて足腰の立つ今のうちにと思い立った次第。

初めて行ったアフリカは、言葉にならぬほどの感動に満ち溢れておりました。雄大な自然に暮らす生き物たちが、日々織り成すドラマを目の当りにしながら、孫たちにも見せてあげたい…そう思っておりました。甦ってきたその記憶に従って、針路をアフリカに定めたのですが。そこで私は、十数年の月日のなんたるかを身に染みて思い知りました。

アフリカに辿り着いた後は、物見遊山にはほど遠い、まるで合宿のような日々でした。朝、暗いうちからジープに乗り込み、一路サバンナをめざします。ほとんど歩いていないのに、万歩計が一万五千歩を数えるほどのデコボコ道をひた走り、お尻や頭を打ちつけながら、あそこにライオンが!こちらキリンが!などと声がかかるたびそちらに向かいます。

連日、そんなドライブをつづけても、孫たちは疲れも飽きもしない様子。私はと言えば、このままでは五体がバラバラになるのでは?!という怯えばかりを募らせておりました。ようやく帰国の途についた日には、飛行機の座席に崩れ落ちるような想い。寝込みこそしませんでしたが、久方ぶりに帰った家から一週間ほど出ることができませんでした。

今はようやく回復して、遊び回りたがりの虫もうごめきつつあるを感じておりますが。しかし、そろそろ身の程をわきまえねば…。この十年、繰り返ししてきた反省に、いよいよ従わねばならぬときは今と、心いたしているのでした。

けれども、行って良かった!という想い出がひとつ。私たちがアフリカで泊まった所には、テレビもラジオさえもなく、夜も十時を過ぎると一斉に灯りが消されます。まさに漆黒と呼ぶにふさわしい、静まりかえった闇に包まれるのですが。そこで突然のように目に降り注いでくるものがあります。それは、満天をうずめる星の群れ。

その煌きは、電気の下で暮らすを当たり前にしてきた孫たちに、地球には、スイッチを切るからこそ見えてくるものがあることを、教えてくれているようでした。

願わくば孫たちが、その眩さを心に留め、自然が人に授けてくれるものの有り難さに思い至る者になってくれれば…。そう思うと、ジープの席にムチ打たれに行ったのか?!とまで思ったアフリカ行きも、良き想い出の棚にすんなり収まるような気がするのでした。

西川通子

平成30年 2月号

お手当て

明けましておめでとうございます。二月に明けましてもなかろう…そんなお声が聞こえてくる気もいたしますが。この欄で皆様にお会いするのは、昨年、バドミントンの追っかけ婆と化していることをお知らせして以来。これが年始の書初めとなりますゆえ、おトボケはしばし後ろに下がらせて、出来得る限りにかしこまる気持ちで申し上げます。

本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

そのままで膝をくずさず、今は昔のお話を一つ。ドモホルンリンクルを世に送り出した当初から、それを使うことを「お手入れ」でなく「お手当て」と呼ぶように!と、口を酸っぱくして言いつづけてまいりました。そこまでこだわらなくても…。そういう社員も少なからずおりましたが、私はその意見を頑として入れませんでした。

恋をするときれいになる、よいことがあると肌の調子が上向く、反対に気の持ち様ひとつで病にもかかる。まこと人間とは「気」に動かされ生きる物。昔から折りにふれ、そう思っておりましたが。漢方と袖すり合ってからは、目には見えねど確としてある気の力を頼りにせねば、人は幸せになれぬという想いを、ますます強くしてまいりました。

手当てとは病気や怪我を治すためにすること。そこに込められた気は、お手入れとは比べものにならぬほど、ずっしりと真剣です。およそ基礎化粧品らしくない言葉であると重々承知していながら、あえてお手当てと呼び習わすことにこだわったのは、他では得られぬ至高の満足を感じていただくために、病気や怪我を治すときと同じ真剣な気を、ドモホルンリンクルとともに肌へ向けていただきたいと思ったからです。

当時、高度経済成長を遂げた世の中には、猛烈な勢いで便利、簡単、手軽があふれ出しておりました。私も有難くその恩恵に浴してきましたが。その一方で、便利手軽には決して済ませてはいけないものがあることを、日々思い知ってもまいりました。

その最たるものが肌にかける手間暇です。きれいに生きたい、きれいに死にたいと願うならば、ドモホルンリンクルを、ただ漫然と使うだけでは足りません。年齢を重ねた肌をなにより満足させるのは、誰よりも肌を愛し、肌の未来に幸あれと願う自分自身の気の力。手間がかかっても、それを併せて与えるからこそ、肌はその想いに気付き、応えるためにドモホルンリンクルを役立てるのです。

つまりお手当てとは、肌に真剣に向かう気を湧きださせる呪文、手の使い方はその気を引き出す魔法…などと言うと、またふざけたことを!とお叱りを受けそうですが。

決してふざけてはおりません。はじめに申し上げた通り、膝をくずさずここまで書いてまいりました。今年もドモホルンリンクルとお手当てで、もっともっと健やかで素晴らしい肌になっていただきたい――この文章を通し、皆様に寄せる私の気をお感じいただけたならば、それ以上この身この胸に気の満つる想いがすることは、他にございません。

西川通子

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