「お勝手口」図書室

弊社会長・西川通子が、ひとりの女性としての胸の内を綴ったコラムです。
家事の合間にお勝手口で、お馴染みのご近所と、ちょっと立ち話、世間話。
そんな気楽な気持ちでお読みください。

平成24年 11月号

まだまだ…

いよいよ通子さんも七十歳、まだまだ元気だけれども…と案じているのは周りの者ばかり。私はと言えば、荷を降ろして身軽になったのを若返ったと勘違いしたまま、蝶よ花よと遊び呆けております。とは言うものの、この身が突然ポキンと折れ皆の重荷になってはと、用心のつもりで還暦あたりから年一度、人間ドックを受けてまいりました。

どうせなら次男の営む病院で…周りは皆そう言うのですが、それだけはご勘弁をと頑なに断りつづけております。年甲斐もなくとお笑いくださいませ。顔見知りの先生方の覗く内視鏡に身の内をさらすというのが、どうしても気恥かしくてできませぬ。そんなわけで今年も、年にこの日しか訪れぬ近所の病院で検査を済ませてまいりました。

検査の後は毎年なにがしか要注意のご指摘をいただくのですが。一つ、皆勤賞をつづけているニクイ指摘がございます。「太り過ぎですね」。この言葉を聞くたび、うんざりした気持ちに。けれども、今年はいささかちがっていました。自他ともに認める食いしん坊。朝ご飯を食べつつ夕のお菜を考える本性は終生かわりそうもない。ならば余生は八分目が十分目と腹に言い聞かせ、太り過ぎの物言いがつかぬ体になろう!

年相応と言えばそれまでですが、私にしては一大決心。なにせ、わかっちゃいるけどやめられない食べ過ぎの末の太り過ぎ。いかに性根を据え直しても、内心では、秋の実りの誘惑に勝てるか?と疑う気持ちでいっぱいでした。

しかし、渡りに舟というか。知り合いのお知り合いに体操の先生がいらっしゃるを知り、ここを先途とご紹介願って、夏ごろより毎週教えを乞うてまいりました。

鍛えるというより、体をほぐす、柔らかにする。ストレッチというのでしょうか、先生に手取り足取りされながら、時間をかけて体を動かしていくと、しばらくして、腰を曲げて下に伸ばした指が床に届き、いつしか手のひらまで着くようになりました。

おかげさまで目方もわずかずつ減りはじめております。かつて痩せようと挑んだときは、ゴールばかりを気にするあまり、「わずかずつ進んでいる」のが「遅々として進まぬ」ように思えて嫌気がさし、ついには投げ出しておりました。今回はその轍にはまらず、今月は一キロ減、来月は…と小刻みにした目先の目標を急がず追いかけております。

思えばこれが、私のいちばんの苦手だったかもしれません。遠く目指す頂へ一気呵成に駆け登る。勢いのある頃は何事もそうでした。古希を前にしてでは遅過ぎかもしれませんが。限りある日々を小刻みにして、わずかずつでも思う所に近づくを好しとする。この仕方が身につけば、腹いっぱいや勢いまかせに頼らずとも、愉快に日々が送れるのでは…。

そんな想いに気づいたときは、知らなかった自分に出会ったような、ちょっとヘンな気分。胸のうちでニヤッと笑いながら、こう言っているのでした。

通子さん、あんたもまだまだ…

西川通子

平成24年 8月号

収まるところ

我が家最後の砦、などと書いては大げさにすぎますが。独身貴族の牙城いまだ揺るぎなしに見えた三男が、ついに陥落!この秋ようやく結婚することと相成りました。

主人が逝って十七年。その頃はまだ高校生でしたが。今は三十を過ぎ、主人と私の第一歩となった警備会社を担っております。主人に面影が…と言われることの多い三男が、素敵なお嫁さんを見つけてきたことが、とてもうれしくて。これで皆収まるところに収まった。親たる責を果たし終えたと、ホッとした想いを感じております。

けれども。よくよく思い起こしてみれば、責を果たしてなどと言うのは、厚かましいにもほどがあるお話。会社を育てるに心血を尽くし来たものの、いわゆる子育てとなると、どこをどう探しても、頑張った覚えは一つとして出てこず。気がつくと皆人並みに育っていた…というのが、成人の日を迎えるたびの偽らざる実感でございました。

親は無くとも子は育つ、と申しますが。我が家の子らは、親はあっても無きが如し。ひたすら社業に打ち込む後姿しか見せることができなかった…そう思うと、いささかならず不憫な想いも。しかし、それだけでここまで育ってくれたのだから間違いはなかった!今はそう開き直って、結婚式では堂々と、「仕事と両立させながら二女三男を 育てあげた母親面」をしようと心に決めております。

さて。結婚式での面構えこそ決まったものの、ちょっと心にかかることが。と申しますのも昨年、次男が結婚式を挙げたばかり。二年つづけてご列席をお願いするのは、ちょっと厚かましいんじゃないかしら…。自然な流れでつづくのだから気遣いは無用。周りの方々はそうおっしゃってくれますが、そんな取り越し苦労をしてしまうのも、失格とはいえ、親たる者の性なのかもしれませぬ。

閑話休題

還暦を潮に社業の一線から退いた当時は、まだ新しいなにかに挑む気力満々。隠居を口にしつつ、落ち着いてなどいられぬという心境をなだめるに苦労いたしました。今はどうかと言えば、社業を子らに任せ、子らをその夫や妻に任せて、すべてを手放したのに、焦りもせず、昂ぶりもせず、不思議なほど落ち着いた気持ちで過ごしております。

年相応に枯れたと言われれば、承りはいたしますが。本当は、枯れるという言葉があまり好きではございません。私は己を樹木のように思っております。自らが生んだ子ら、社員という名のもと育てた子らも同じ。一本一本の若木が、これから幾度となく満開を迎えるなら、私は慎ましくとも、若木に出せない色艶の花をつけ花園の趣を深めたい…。

心に映るもの、望むところは、三男とまったくちがっているのですが。そんな心境にある自分を見つめていると、私も同じように、収まるところに収まりつつある…そんなふうに思っているのでした。

西川通子

平成24年 4月号

玄関

桜前線は今どのあたり…。

毎年春になると、桜のほころぶ日を心待ちするのが常ですが。昨年はその想いひとしおでございました。熊本駅から仰ぎ見える万日山に桜を植えて、新幹線開通に花を添えよう!そんな意気込みで精を出していたからです。

しかし、その最中に届いたのは東日本大震災の報せ。地元の皆様とお花見を…という、ささやかな願いもいっぺんに吹き飛んで、咲いた散ったも見届けぬまま、被災地に向けてできることを探しては取り組むうちに日が過ぎておりました。

ようやく山のことを思い出したのは、秋を迎えたころだったでしょうか。お披露目もせぬままでしたので、訪れる人もなくと思いきや、さにあらず。近隣の方々が散歩に来て、「荒れ果てていた山がきれいになって」と、目を細めお褒めの言葉をくださることもあったと聞き知って、しばらく失せていた花咲か婆の本性がムクと目を覚ましました。

よし、次の春こそは!

最初に植えた桜木は二八〇本ほど。あと三度に分けて二五〇本ずつ植え足していけば、正真正銘の千本桜になる…そんな皮算用をしながら土を掘り桜木を植え、満開の木の下で微笑む人々を思い描いては、春よ来い、早く来いの想いを募らせておりました。

おかげさまで二度目の植え込みも無事に済み、あとは咲くを待つばかり、という段になるはずでしたが、私の場合、一度ついた勢いはそうすぐに止まらぬようで。山がひと段落したら、今度は熊本空港から市街へと向かう道の両脇が無性に気になりだしたのです。

雑木林と言えば聞こえはいいのですが。寄って見れば、気にも手にもかけられぬまま、太い蔦や蔓に巻きつかれた木々が息絶え絶えに生えているばかり。飛行機を降りて見る景色がこれでは、熊本に良い印象など抱きようがない!というわけで今は、道端の草を刈り、雑木を伐って、桜並木をつくる準備に汗をかいております。

と言っても私は思いつくだけなので、それほどにはかきませんが。思いつきに従い動く社員たちは、気まぐれに出くわしかく冷や汗も加わって、申し訳ないほどにいつも汗だく。

たまにはねぎらいもせねば…。そう思い立ち現場に向かっていた車の中で、考えるともなく考えておりました。駅は陸の玄関口、空港は空の玄関口。なぜ玄関ばかり気になるのだろう…。

思い出していたのは亡き母のことでした。

「玄関は人をお迎えする家の顔。いつも清しくしておかなければ!」。

玄関に靴を脱ぎ散らかす私に向けた母の小言が、いつしか身に染みついて、故郷の玄関口を清めるオオゴトに向かわせているのかしら…。 そう思うと腑に落ちたような、けれども、なんだかおかしいような気持ちもわいてきて。外の景色に見入るふりをして、笑いそうになるのを、しばらくの間こらえておりました。

西川通子

平成24年 1月号

吉報

初めて会ったとき彼女は高校生でした。私は地元熊本を盛り上げようと、社名を冠した女子プロゴルフ大会を主催しておりました。彼女はまだアマチュアだったので、主催者推薦というかたちで、その大会に出場していました。大会が終わった後、彼女が走り寄ってきて、頭を下げながら言いました。「素晴らしい試合に出していただいてありがとうございました!」。そのときの初々しい印象は、二十年経った今も変わりません。

彼女の名は不動裕理さん。賞金女王連続6回など数々の偉業を成し遂げ、先ごろ熊本県の県民栄誉賞を授かったことは、ニュース等を通じご存じの方も多い事と思います。

初対面で一目ぼれした私は、年に数度、彼女と会うときを楽しみにしておりました。師匠に聞いてもゴルフ関係者に聞いても、彼女の礼儀正しさ、心根の優しさは折り紙つき。この若さでここまでできるなんて…私もそんな想いを、会うたび感じてまいりました。

八年前、彼女と出会うきっかけとなったゴルフ大会の主催を降りました。社長業を長男に託すと決めたとき、私の色まで受け継ぐ必要はない…そう考えてのことでした。

しかし、心血を注いで十数回つづけた大会は、熊本の春の風物詩と呼ばれるまでに育っていました。選手たちを社員食堂に招き手料理を振る舞う夕べでできた、たくさんの縁が今年限りと思うと、一抹ではすまぬ寂しさが胸を離れませんでした。

そんな想いを抱きながら迎えた大会で、彼女は見事優勝を飾りました。 最終日、まだアマチュアだった横峯さくら選手を抑え、激戦をもぎ取ったのです。当日はあいにくの小雨つづきでしたが、彼女の勝利を知った瞬間、胸の寂しさが晴れ、眩い光が射し込んできたように感じたことを今も忘れることはできません。厳しいプロがしのぎを削る試合。甘っちょろい感傷など差しはさむことは、できるはずもありませぬ。それでも私にとってこの優勝は、彼女が贈ってくれた、なににも勝るはなむけとしか思えませんでした。

少し前、金の箔をあしらった封筒が一通、私のもとに届きました。一目で結婚式のご招待状とわかりましたが、そこに不動さんの名を見つけて、いささかならずびっくり。なんでも、彼女に惚れ込んだ男性に恋われ恋われて…という次第だそう。それを知って今度は、我が意を得たり、というか。まるで自分の娘が良縁を授かったような、うれしい、うれしい、うれしい気持ちでいっぱいになりました。

東北の大地震、津波にはじまり、世界的にも不穏な出来事が多かった昨年。禍の爪痕は未だ癒えず、暗雲もそこここにかかっておりますが、それでも巡ってきた新年を良い年にと願い努めるのが人の道。しかし、気が萎えていては前を向いて歩けません。

そんな中舞い込んできた不動さんの吉報は、一筋縄ではいかぬであろう新年に向かう勇気となって、この胸に宿りました。私ごとの最たる話をして恐縮ですが、小さくても、一つでも喜びを得る、喜びを分かつことで、幸せな年にしていきたい。そんな想いから、お話させていただきました。 本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。

西川通子

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