「お勝手口」図書室

弊社会長・西川通子が、ひとりの女性としての胸の内を綴ったコラムです。
家事の合間にお勝手口で、お馴染みのご近所と、ちょっと立ち話、世間話。
そんな気楽な気持ちでお読みください。

平成26年 10月号

誕生日

ちょっと前のお話ですが。

毎年七月になると、社員たちが私の誕生日を祝ってくれます。いつしか恒例に…と書くと、自然にそうなったかのごとく聞こえますが。実を言えば、そうなる種を蒔いているのです、ずっと前に、しかも私が。

かつて、再春館では五月病ならぬ六月病が流行りました。当時の新人研修は厳しいだけでなく三カ月もの長丁場。六月の研修明け前、みっちり鍛えられた新入社員たちの顔に疲れの表情を見つけるたび、これも一刻の試練!と激励するより、憂さを晴らしてあげたい…そんな気持ちが先立っておりました。

ひらめいたのが、私の誕生日をタテマエに無礼講の宴を開くことでした。番頭格の社員に発起人を買って出させ、私は道化役を買い白雪姫に化けました。翌年からは社員有志の余興が加わり。負けじと私もかぐや姫、人魚姫と仮装のレパートリーを広げていきました。

ひと足早い夏祭り…。そんな気分で毎年七月を楽しみにしてきましたが。思うところあって、今年はそれを開きませんでした。

はじめは内輪のごくささやかな宴でした。それが社員の増えるにつれ、掌に収まりきらなくなり。気がつくと多くの社員が、手づくりでは賄いきれぬほどの準備に汗をかいておりました。

これでは本末転倒、かえって憂さを溜める者がいるかも…。そう思ったらもういけません。すぐさま「いったんお開きに」と社長に申し出ておりました。

了承を得て気は鎮まったのですが、やはり生来のお祭り好き。胸の片隅には一抹ならぬ寂しさが宿っておりました。それを知ってか察してか、お取引先から「お祝いに伺いたい」とのご連絡があったのは、誕生日まで数日という頃。うれしさに遠慮も忘れお受けしたのですが、当日はあいにくの天候で飛行機が飛ばず。結局お越しはかないませんでした。

来られないと聞いた時点で、社員食堂にお願いした心尽くしのお料理は、ほとんど出来上がっておりました。さてどうしたものか…。そう思ったとたんにひらめきが。そうだ!遊び呆けて社に居ぬ間に縁遠くなった古参、中堅の社員たちといっしょに食べよう!

私とちがい皆忙しい身、無い時間を遣り繰りする無理をさせたのですが。総勢三十人ほどの小宴は、思ってもみぬほど和気あいあい。かつて六月病を治さんと開いた誕生パーティの、うちとけた朗らかさの中に舞い戻ったような気にさせてくれました。また、翌日の誕生日当日、家族がしてくれた祝いも格別だったと言うか。久方ぶりに我が家へ帰った夕の団欒…そんな満ち足りた想いを胸に灯してくれました。

昔は良かったと言っているのではございません。ただ、社員と近づき話した宵、家族に囲まれ過ごした夕は、懐かしさをまといつつも、真新しい喜びに満ちあふれていました。それは、この先の人生「なにが喜びとなるのか」を教えてくれるプレゼントでもありました。

いつもの七月がいつもより、忘れられない七月になりました。

西川通子

平成26年 7月号

幸せな気持ち

十年ひと昔と申しますが。この春、私は阿蘇の麓で十五年前を振り返っておりました。

というのも。その日は私どもが年に一度催してきたウォーキングと陸上競技の集い「笑顔で歩こう!走ろう!大会」の、十五回目にして最終回の日。朝、会場に着いて、春も盛りを告げる花々を見回しているうち、知らず想っておりました。

あの頃ここは、なにもない荒地だった…。

手つかずの自然と言えば聞こえはいいのですが。はじめて見たときは、野放図とはこの地の名前だったかと思うほどの有り様に、しばし呆然。自分たちでなんとか、人と手をつなぐ程度の優しさを施さんと、汗に汗して石を掘り花を植え、ランナーが走るコースをつくり…。ようやく開催にこぎ着けるまでのあれこれが浮かぶにまかせ、しばし感無量の想いを味わっておりました。

けれども。私が旗振り仕切ったのは、実は第三回までのことで、その後は警備会社を受け継ぎ営む三男に一切任せっぱなし。ですから、自分の蒔いた種が育っているは知っていても、どこがどんなふうにと、細かには聞き知らずきておりました。

ですから。今年を最終回にと三男から聞いたとき、まずは、なぜ?と思いました。けれども、その後を聞くうち納得したというか。ここまで咲かせての引き際だったかと、いささかならず感心までさせられてしまいました。

「アスリートを目指す子どもたちに夢を、きっかけを」「自然の中で家族が楽しく汗をかき、ふれあえる場を」。そんな想いを胸にはじめた大会でした。三男はその想いを受け止め、毎年少しずつ大会を育てていったようです。

地元の皆様にお願いして、出店やアトラクションにご協力いただく。キューちゃんこと高橋尚子選手など憧れのアスリートにご参加いただき、子どもらと一緒に走ってもらう…。お越しくださる皆様にお喜びいただきたい一心で積み重ねをしていくうち、当初八百人だった参加者は五千人を超えるまでになっておりました。参加者の中からは、箱根駅伝で活躍する選手や、熊本城マラソンで優勝するランナーも生まれておりました。

また、大会が始まった頃、中高生として参加した方が、今では小さなお子様と一緒に家族でお越しくださっている…。聞きながら私は、すべてが報われたような、とてもとても幸せな気持ちになっておりました。

種を蒔いたのは私でございます。しかし、それを立派に育ててくれたのは三男であり、その意に応え、お力添えやご参加をくださった皆様であることは紛れもございません。

いかほどの余生かを計りもせず、知ろうともしませぬが。こんなふうに想い、願いを汲んでいただけるのなら、己が居ぬ先を思い煩うことはない。しばらくは、よかれと思う種を見つけて蒔きつづけていけば…。

そう思うと、まだまだ重過ぎるはずの身が、ふっと軽くなったよう。胸にあった幸せな気持ちも、いや増すように感じられたのでした。

西川通子

平成26年 4月号

梅は咲いたか、桜はまだか。

二月、三月になると毎年、誰に教えられたでもなく、頃合いを見計らったかのように咲く花々を眺め、自然の営みの不思議、言葉に尽くせぬ有難味を感じております。

同じ自然の一員でも、人は花のようにはまいりません。

再春館では例年、三月三十一日に入社式を執り行います。普通なら年度の改まった四月一日なのでしょうが。まず先輩に挨拶をし、同じ目標を背負って新年度を迎えるのが、いつしか慣わしとなっております。新入社員は翌日から研修に入ります。再春館の研修はどこよりも長く厳しい研修。すべての仕事を、一人ひとりちがうお客様のお心にかなうおもてなしに繋げていこうと考えれば、月並みで済まぬは当然。きちんと教えなくては咲くものも咲かない!社員一同そんな意気込みで研修に取り組んでおります。

そんな中で私はと言えば、先刻ご承知の通り。会社に来てもお客様対応をする現場には滅多に行かず、社員の食事を賄う厨房に入りびたり。もちろん研修にも関わることなどないのですが。教育の類からいっさい手を引いたのかと言えば、そうは見えても、そんなつもりは毛頭ございません。その仕方が、ちがうのです。

なぜ現場に行かぬのか。自分で産んだ会社ゆえ綻びがあれば誰よりよく見えます。しかし今会社を営んでいるのは社長率いる社員たち。産みの親が出しゃばれば、背負った重みばかり増し、思い切りよく跳ぶ力も失せてしまうでしょう。現場に行かないのは、どう育てるもあなた方任せという決意を口ではなく行いで…と思ったゆえでございます。

厨房に立つのも同じ想い。下ごしらえから煮炊きのすべてを見渡せる調理場で、「ああでもない!こうでもない!」とケンケンガクガクこしらえている様を見せれば、毎日当たり前に食べているご飯には、当たり前ならざる苦心という隠し味が効いていることを見て知れる。「ここまでせねば、当たり前の満足すらつくれないのか!」。一人でも二人でも、そんな気づきをしてくれれば…と、密かに思っているのです。

どれもこれも思い込みだけの独りよがりかも知れません。けれども、研修で教えられるものだけでは、心からのお喜びをいただける人は育たない。そう私は信じております。言葉にならず、表情に現れず、胸の奥に残った気持ち。そこまで満たされなければ、人は満足できません。そして、そういう計りきれないものを推して量る、しかと汲み取り応えんと努める心は、教えられるものでなく、当の本人が何かに触れて気づき、自分で育て咲かせるよりないものと思っております。

遊び呆けの言い訳にしか聞こえぬことは百も承知ですが。勝手気ままにしか見えぬ私の振る舞いが、たとえば春の陽気のように、お客様に心からのご満足をと願う心を開かせる何かになれば…。春まだ遠きを思わせる日、ふと目に留まった木々の蕾のふくらみを見ながら、そんなことを思っておりました。

西川通子

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